始まる新しい年①
――1月1日 元日・朝
静かな冬の光が、タワマン最上階のリビングに差し込む。
キッチンから、出汁のやさしい香り。
妻が小さな鍋の蓋を開ける。
「……よし」
雑煮の湯気がふわりと立ちのぼる。
テーブルには、簡単ではあるが丁寧に詰めたおせち。
黒豆、伊達巻、かまぼこ、数の子。
「ママー、もうたべられる?」
結が寝ぐせのついたまま顔を出す。
「おはよう、結。あけましておめでとう」
「……あ!」
結はぱっと姿勢を正す。
「あけましておめでとうございます!」
「よく言えました」
そこへ、寝室から夫が出てくる。
黒の部屋着姿。
「……いい匂いだな」
妻が振り向き、柔らかく微笑む。
「あけましておめでとうございます」
夫は一瞬、妻を見つめる。
「ああ。あけましておめでとう」
結が間に割って入る。
「パパ! あけましておめでとうございます!」
夫は少しだけ口元を緩める。
「あけましておめでとう、結」
⸻
その時、控えめな足音。
「旦那様、奥様」
佐川が玄関の方から現れる。
きちんとした外出用のコート姿。
「本日はお休みをいただきます」
妻が微笑む。
「ええ。楽しんできて」
結が駆け寄る。
「さがわ、あけましておめでとう!」
佐川は少し目を細める。
「お嬢様、あけましておめでとうございます」
夫が低く言う。
「気をつけて行け」
「はい、旦那様」
佐川が軽く頭を下げる。
「夕方には戻ります」
すると妻が首を振る。
「1日休みなんだから、もっとゆっくりしてきなさい」
「ですが……」
「私たち、今日は3人で出かける予定なの。心配いらないわ」
結がにやにやする。
「さがわ、たのしんでねー!」
佐川の頬がわずかに赤くなる。
「……はい」
そして静かにドアが閉まる。
⸻
リビングに戻る3人。
夫が席に着く。
「さて」
妻が雑煮をよそう。
「どうぞ」
湯気の立つ椀を夫の前に置く。
結が手を合わせる。
「いただきます!」
「いただきます」
3人の声が重なる。
夫が一口、雑煮をすする。
「……うまい」
妻がほっとする。
「本当?」
「ああ。ちょうどいい」
結が口いっぱいに餅を頬張る。
「おもち、のびるー!」
「ゆっくり食べなさい」
「パパ、くろまめもたべて!」
「命令か?」
「うん!」
夫は小さく笑い、黒豆を口に運ぶ。
穏やかな時間。
妻が改めて姿勢を正す。
「今年も、よろしくお願いします」
夫も箸を置く。
「こちらこそ」
結も真似をする。
「よろしくおねがいします!」
夫が結の頭を撫でる。
「元日だ。今日は何も考えなくていい」
妻が尋ねる。
「仕事の電話も?」
「今日は出ない」
結が目を輝かせる。
「ほんと!?」
「ああ。約束だ」
少し間を置いて、夫が言う。
「食事が終わったら、3人で出かけるぞ」
「どこに?」
「近くの神社だ。初詣」
結が立ち上がりそうになる。
「マフラー!」
妻が笑う。
「白いうさぎさんね」
夫が静かに言う。
「せっかくのお揃いだ」
結は満面の笑み。
「3にん、いっしょ!」
夫は妻を見る。
「準備できるか?」
「ええ」
静かに頷く妻。
外は澄んだ冬空。
新しい一年が、静かに始まっていた。




