穏やかな年末⑤ 〜妻の胸の内〜
夜。
夫と結がソファで並んでテレビを見ている。
白いマフラーは、きれいに畳んでテーブルの端に置いてある。
私はキッチンで湯のみを洗いながら、ふと今日のことを思い返していた。
――クリームソーダ。
緑色の炭酸に、白いバニラアイス。
上にちょこんとのった赤いさくらんぼ。
小さい頃、両親にたまにデパートへ連れて行ってもらった日の特別な飲み物だった。
普段は頼めない、少しだけ背伸びしたご褒美。
「今日は好きなもの頼んでいいよ」
そう言われると、必ず選んだのがクリームソーダだった。
グラスの中で溶けていくアイスを、もったいないと思いながら混ぜて。
父と母が向かいで笑っていた光景を、今でも覚えている。
――今日。
向かいに座っていたのは、結だった。
「ママ、まざってくよ!」
嬉しそうにグラスをのぞき込む小さな顔。
あの頃の自分と、少し重なった。
(懐かしい……)
同じ飲み物を、今度は“母”として娘と飲んでいる。
時間は流れているのに、
幸せの形はどこか似ている。
胸の奥が、静かに温かくなった。
そして――お揃いのマフラー。
結が「これ!」と指をさした時、
自然と3人の姿を思い浮かべていた。
夫が白いマフラーを巻く姿を想像した瞬間、
少しだけ可笑しくて、でも愛おしくて。
(きっと似合う)
そう思えた自分が、少し嬉しかった。
家に帰って、実際に巻いた夫の姿。
照れくさそうにしながらも、確かに喜んでくれていた。
結の満足そうな顔。
あの瞬間、買ってよかったと心から思った。
物そのものよりも、
それを選んだ時間と、渡した瞬間と、
3人で笑ったこと。
それが何よりの宝物だ。
来年も――
また、こうして何気ない日にデパートへ行き、
同じものを食べて、
同じものを選んで、
笑い合えるだろうか。
夫は忙しい。
日々は慌ただしい。
それでも。
(来年も、再来年も……)
小さな思い出を、ひとつずつ増やしていけたらいい。
結が大きくなった時、
今日のクリームソーダを思い出してくれたらいい。
お揃いのマフラーを見て、
「あの年の大晦日ね」と笑えたらいい。
妻はそっとリビングを見る。
ソファで結が夫にもたれかかり、眠そうにしている。
夫が無言でその頭を支えている。
(幸せね)
声には出さず、胸の中で呟く。
そして静かに願う。
来年もまた、
この人たちと、
たくさんの思い出を重ねていけますように。




