穏やかな年末③
――12月31日 大晦日・朝
玄関でコートを羽織る夫。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
妻がマフラーを整えてやる。結が駆け寄る。
「パパ、きょうもおしごと?」
「ああ。夜には帰る」
「がんばってね!」
「任せろ」
夫は結の頭を軽く撫で、妻を見る。
「……無理するなよ」
「あなたこそ」
短いやり取り。
ドアが閉まり、静かな朝の空気が残る。
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午前・リビング
妻は結に声をかける。
「結、デパートに行かない?」
「えっ、いく!」
即答。
「せっかくだから、お昼もそこで食べましょうか」
「やったー!」
結はうさぎのぬいぐるみを抱きしめて跳ねる。
妻は佐川に向き直る。
「佐川、少し出かけてくるわ。留守お願いできる?」
「承知いたしました。お気をつけて」
「夕方には戻るわ」
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駅前デパート
年末らしい賑わい。
エントランスには門松、店内には福袋のポスター。
結が手を引く。
「ママ、かえりにケーキかいたい!」
「いいわよ。帰りにね」
「やった! わすれないでね?」
「忘れません」
少し歩いてから、結が首を傾げる。
「ねぇ、なにしにきたの?」
妻はくすりと笑う。
「特に理由はないわよ」
「え?」
「結と、のんびりお出かけしたかっただけ」
結は少し考えてから、にこっとする。
「じゃあ、いっぱいたのしもうね!」
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エスカレーター
「したからじゅんばんにいこう!」
「はいはい」
婦人服、紳士服、雑貨……
上へ、上へ。
子供服売り場に着くと、華やかな冬服が並ぶ。
「かわいい……」
妻は思わず呟く。
「どれも結に似合いそう」
「ほんと?」
「ほんと」
その時、結がぴたりと止まる。
「これ!」
指さした先には、
男性・女性・子供のマネキンが並び、同じマフラーでコーディネートされている。
ふわふわの白いマフラー。
「おそろいだ!」
「本当ね」
「これ、ほしい!」
「マフラー?」
「パパとママと、3にんで!」
妻は一瞬、想像する。
――黒いコート姿の夫。
首元に、白いふわりとしたマフラー。
(……意外と、悪くないかも)
「うさぎさんみたいでしょ?」
結が白いマフラーを首に当てる。
「ふわふわ!」
「似合ってる」
「パパも、うさぎさん!」
妻は思わず笑う。
「パパがうさぎ……」
でも、頭の中で浮かぶ夫の姿は、思いのほかしっくりくる。
「……いいかもしれないわね」
「ほんと!?」
「3人お揃い、素敵だと思う」
結がぎゅっと妻に抱きつく。
「やったー!」
店員が微笑む。
「サイズ違いでご用意できますよ」
「では、こちらを三つ」
包装を待つ間、結が嬉しそうに言う。
「パパ、びっくりするかな?」
「するかもね」
「でも、よろこんでくれるよね?」
妻は迷いなく頷く。
「ええ。きっと」
袋を受け取り、妻は小さく息をつく。
「良い買い物ができたわ」
「うん!」
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デパート内レストラン
窓際の席。
「なにたべる?」
「ハンバーグ!」
「じゃあ、ママもハンバーグにしようか」
「いっしょ!」
「飲み物は?」
「クリームソーダ!」
「……それも、いっしょにしようかな」
結が目を輝かせる。
「ここでもおそろいだね!」
運ばれてきた、緑色のクリームソーダ。
赤いチェリーが揺れる。
結がスプーンでアイスをすくう。
「ママ、みて、まざってく!」
「溶けていくのよ」
「おもしろいね」
ハンバーグを頬張りながら、結が言う。
「パパにも、こんどつくってあげようね」
「そうね。お揃いマフラーでね」
結が満面の笑み。
「3にん、いっしょ!」
妻は微笑みながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
大晦日。
忙しい夫はいないけれど。
今は、結との静かな時間。
袋の中には、白いお揃いのマフラー。
夜、夫が帰ってきたら――
どんな顔をするだろうか。
妻はそっと窓の外の冬空を見上げた。




