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雨のち晴れ  作者: ありり
232/311

穏やかな年末②

――12月30日 午前


最上階・静かな廊下


年末特有の澄んだ空気。

窓の外は冬晴れで、遠くの山並みまで見える。


掃除機を止め、佐川はモップをかけ終えた床を確認する。

几帳面な動きはいつも通り――のはずだった。


その時、エプロンのポケットの中で小さな振動。


佐川は一瞬だけ周囲を確認し、廊下の隅でスマホを取り出す。


画面には――


相馬:

「元日、休みが取れました。もしよろしければ、初詣でもご一緒しませんか」


佐川の指が止まる。


「……」


わずかに目を見開き、そして、ほんのりと頬が赤くなる。


小さく息を吸い、文字を打つ。


「喜んで。ご一緒させていただきます」


送信。


すぐに返信が来る。


「ありがとうございます。午後に迎えに伺います」


佐川はスマホを胸元で握りしめた。


「……午後……」


ほんのわずか、口元が緩む。



その様子を、少し離れたところからじっと見ている小さな影。


「さがわー?」


「……!」


振り向くと、結がうさぎのぬいぐるみを抱えて立っていた。


「お、お嬢様。どうなさいましたか」


「さがわ、いま、にこってした」


「しておりません」


即答。


結は首を傾げる。


「したよ? ほっぺ、あかい」


佐川は咳払いを一つ。


「暖房のせいです」


「だんぼう、そんなにあかくならないよ?」


じりじりと距離を詰めてくる結。


「いいことあったの?」


「ございません」


「うそ」


「うそではございません」


「じゃあ、なんでスマホ、ぎゅってしてたの?」


佐川は一瞬、言葉に詰まる。


「……連絡が来ただけです」


「だれから?」


「……仕事関係です」


「パパ?」


「いえ」


「ママ?」


「いえ」


「じゃあだれ?」


結の瞳がきらきらしている。


佐川は視線を逸らす。


「……相馬様です」


「そうまのおじさん?」


「はい」


結はぱっと顔を輝かせる。


「さがわ、デート?」


「ち、違います!」


思わず声が大きくなる。


リビングから妻の声が飛ぶ。


「どうしたの、結?」


「さがわが、デートだって!」


「言っておりません!」


佐川は慌てて否定する。


妻が廊下に顔を出し、くすりと笑う。


「あら。元日、初詣に行くの?」


佐川は観念したように小さく頷く。


「……お誘いをいただきました」


「よかったじゃない」


穏やかな声。


結がぴょんぴょん跳ねる。


「さがわ、かわいいおようふくきてね!」


「お嬢様……」


「お願いごと、なにするの?」


佐川は一瞬考える。


「……家内安全を」


結が首をぶんぶん振る。


「ちがう! さがわの!」


佐川は言葉を失う。


妻がそっと言う。


「たまには、自分の幸せをお願いしてもいいのよ」


昨日の旦那様と同じ言葉。


佐川は目を伏せ、小さく微笑んだ。


「……考えておきます」


結がにやりとする。


「さがわ、うれしいんでしょ?」


「……」


数秒の沈黙。


「……少しだけ」


結は満足そうに笑った。


「やっぱり!」


佐川は軽くため息をつきながらも、どこか柔らかい表情のままモップを握り直す。


窓の外では、年末の光がきらめいていた。


元日まで、あと二日。


胸の奥に、静かな期待が灯っていた。

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