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雨のち晴れ  作者: ありり
224/311

優しいと言われた日

夕暮れの公園。


結がブランコから飛び降り、駆け寄ってくる。


「パパ、やっぱり優しいよね」


俺は少しだけ眉を上げる。


「……優しい?」


「うん。だって、結が転んだらすぐ抱っこしてくれるし」


小さな手が俺の指を握る。


優しい、か。


――本当に?


視界が、夜のリビングへと引き戻される。



あの頃。


結が生まれる前。

佐川もいなかった頃。


夜のマンション最上階。

窓の向こうには無機質な夜景。


妻はエプロン姿で立っていた。

俺の前にグラスを差し出す。


「……どうぞ」


俺は受け取らない。


「今日、運転手と何を話していた」


静かな声だった。だが空気は冷えている。


妻は一瞬だけ目を伏せる。


「……明日のスケジュールの確認を」


「笑う必要があったのか?」


「え……?」


「楽しそうだったな」


沈黙。


妻はトレイを持つ手を強く握る。


「……仕事の会話です」


「俺は不愉快だ」


それだけで、部屋の温度が下がる。


妻はゆっくりと膝をつく。


「申し訳ありません」


その素直さが、逆に苛立たせた。


「次に同じことがあれば、家政婦を雇う」


「……え?」


「お前は何もするな。外出も許可制にする」


「それは……」


「嫌か?」


妻は息を呑む。


「……家政婦は、いりません」


「なぜ」


「あなたのことは、私がしたいからです」


その言葉に、一瞬だけ胸が揺れた。


だが俺は、それを認めなかった。


「口答えするな」


低い声。


「嫌なら、俺の機嫌を取り続けろ」


妻の肩がわずかに震える。


「……はい」


「他の男と会話するな」


「仕事でも?」


「すべてだ」


「……それは」


俺は立ち上がる。


ソファの影が妻を覆う。


「結婚しているとはいえ、信用できるとは限らない」


「私が、ですか?」


「人は変わる」


本当は違う。


怖かった。


失うことが。


だが、それを口にするほど俺は素直ではなかった。


「私は、あなたを愛しています」


震えた声で、そう言う。


「これからも、ずっと」


俺は顎を上げさせる。


「言葉は安い」


「……では、どうすれば」


「証明しろ」


唇を重ねる。


優しさはなかった。


確認。

支配。

所有の刻印。


「口答えの仕置きだ」


冷たく言い放つ。


妻は目を閉じたまま、抵抗しない。


「……はい」


俺はそのまま寝室へ連れていく。


あの頃の俺は、愛と支配の区別がついていなかった。



公園。


結が俺の膝に登ってくる。


「パパ?」


「……なんだ」


「なんか、怖い顔してる」


「していない」


「してるよ」


小さな手が俺の頬を触る。


「パパは優しいよ」


無条件の信頼。


あの夜の俺とは違う。


妻が今、俺を見る目はどうだろう。


恐れか。


安心か。


それとも――まだ少しの警戒か。


「パパ、ママにも優しいよ?」


その一言が、胸を刺す。


俺は結を抱き上げる。


「ああ……そうでありたい」


昔の俺は、守ると言いながら縛っていた。


優しいと言われる今の俺は、

本当に変われているのか。


夜景よりも、ずっと冷たい自分を思い出しながら、


俺は結を強く抱きしめた。


少なくとも。


あの頃よりは。


――そう信じたい。


挿絵(By みてみん)

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