三人で、チクッと②
――土曜日 午前
リビングの空気が、どこか静かだった。
ソファの端にちょこんと座る結は、珍しく口数が少ない。
「結お嬢様、大丈夫ですよ」
コートを手にした佐川が、優しく微笑む。
「ちょっとチクッとするだけです」
結は小さく頷く。
「……さがわ、いっしょにいかないの?」
「今日は旦那様と奥様がついていらっしゃいますから。私はここで応援しております」
夫が腕時計を見る。
「時間だな」
結は立ち上がるが、足取りは重い。
佐川はしゃがみ、結の頬に触れる。
「結お嬢様は強い子です。きっと大丈夫」
結はぎゅっと唇を結ぶ。
「……がんばる」
夫はその様子を見下ろし、静かに言う。
「俺も頑張る」
結がちらっと父を見る。
「パパも?」
「ああ」
佐川がくすりと笑う。
「では、お二人ともご武運を」
⸻
――病院
受付を済ませると、ほどなく名前を呼ばれる。
「意外と早いな……」
夫の声がわずかに低くなる。
結はぎゅっと妻の手を握る。
「ママ……」
「大丈夫。すぐ終わるわ」
診察室。
医師が穏やかに微笑む。
「じゃあ、まずはお嬢さんからいきましょうね」
結の体が固まる。
夫は椅子に腰掛け、結を膝の上に抱き上げる。
「ほら、こっち向け」
結は父の胸にしがみつく。
針を準備する音。
結の目が潤む。
「……パパ……」
夫は低く囁く。
「俺を見ろ」
結は必死に父を見る。
医師が腕を消毒する。
「ちょっとチクッとしますよ」
結の口が震える。
針が刺さる。
「……っ」
今にも泣き出しそうな顔。
でも、声は出ない。
数秒。
「はい、終わりました」
医師の声。
結は固まったまま。
夫がそっと聞く。
「終わったぞ」
結はゆっくり顔を上げる。
「……ちょっと、いたかった」
涙がうっすら滲んでいる。
「でも……なかなかったよ」
妻の目が柔らかくなる。
「すごいわ、結」
夫は真剣な顔で言う。
「立派だ」
結は小さく胸を張る。
⸻
「次はお父さんですね」
夫の眉がわずかに動く。
結がじっと見上げる。
「パパ、だいじょうぶ?」
夫は結を妻に預ける。
「見てろ」
椅子に座る。
消毒。
針。
「……っ」
ほんの一瞬、わずかに眉が寄る。
結がすぐに聞く。
「いたかった?」
夫は少し間を置いてから言う。
「……痛かった」
正直な答え。
結の目が丸くなる。
「パパも?」
「ああ」
結はにっこり笑う。
「ゆいとおなじだね」
夫の口元がわずかに緩む。
⸻
病院を出ると、冷たい空気。
妻が二人を見る。
「二人とも、泣かなかったわね」
結が胸を張る。
「ゆい、がんばった」
夫も小さく息を吐く。
「……俺もな」
妻はふっと笑う。
「じゃあ、ご褒美に喫茶店でパフェでも食べましょうか」
結の顔が一気に明るくなる。
「パフェ!?」
「チョコレートの大きいの」
夫が低く言う。
「ああ、食べよう」
三人の空気が一気に軽くなる。
妻は歩きながら、そっと心の中で思う。
(来月、もう一回あるのよね……)
ちらっと結を見る。
今は嬉しそうに父の手を握っている。
(……今日は言わないでおこう)
夫が妻を見る。
「どうした?」
「なんでもないわ」
微笑む。
十一月の空の下。
小さな勇気と、大きなパフェの約束を胸に、三人は喫茶店へ向かった。




