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雨のち晴れ  作者: ありり
223/311

三人で、チクッと②

――土曜日 午前


リビングの空気が、どこか静かだった。


ソファの端にちょこんと座る結は、珍しく口数が少ない。


「結お嬢様、大丈夫ですよ」


コートを手にした佐川が、優しく微笑む。


「ちょっとチクッとするだけです」


結は小さく頷く。


「……さがわ、いっしょにいかないの?」


「今日は旦那様と奥様がついていらっしゃいますから。私はここで応援しております」


夫が腕時計を見る。


「時間だな」


結は立ち上がるが、足取りは重い。


佐川はしゃがみ、結の頬に触れる。


「結お嬢様は強い子です。きっと大丈夫」


結はぎゅっと唇を結ぶ。


「……がんばる」


夫はその様子を見下ろし、静かに言う。


「俺も頑張る」


結がちらっと父を見る。


「パパも?」


「ああ」


佐川がくすりと笑う。


「では、お二人ともご武運を」



――病院


受付を済ませると、ほどなく名前を呼ばれる。


「意外と早いな……」


夫の声がわずかに低くなる。


結はぎゅっと妻の手を握る。


「ママ……」


「大丈夫。すぐ終わるわ」


診察室。


医師が穏やかに微笑む。


「じゃあ、まずはお嬢さんからいきましょうね」


結の体が固まる。


夫は椅子に腰掛け、結を膝の上に抱き上げる。


「ほら、こっち向け」


結は父の胸にしがみつく。


針を準備する音。


結の目が潤む。


「……パパ……」


夫は低く囁く。


「俺を見ろ」


結は必死に父を見る。


医師が腕を消毒する。


「ちょっとチクッとしますよ」


結の口が震える。


針が刺さる。


「……っ」


今にも泣き出しそうな顔。


でも、声は出ない。


数秒。


「はい、終わりました」


医師の声。


結は固まったまま。


夫がそっと聞く。


「終わったぞ」


結はゆっくり顔を上げる。


「……ちょっと、いたかった」


涙がうっすら滲んでいる。


「でも……なかなかったよ」


妻の目が柔らかくなる。


「すごいわ、結」


夫は真剣な顔で言う。


「立派だ」


結は小さく胸を張る。



「次はお父さんですね」


夫の眉がわずかに動く。


結がじっと見上げる。


「パパ、だいじょうぶ?」


夫は結を妻に預ける。


「見てろ」


椅子に座る。


消毒。


針。


「……っ」


ほんの一瞬、わずかに眉が寄る。


結がすぐに聞く。


「いたかった?」


夫は少し間を置いてから言う。


「……痛かった」


正直な答え。


結の目が丸くなる。


「パパも?」


「ああ」


結はにっこり笑う。


「ゆいとおなじだね」


夫の口元がわずかに緩む。



病院を出ると、冷たい空気。


妻が二人を見る。


「二人とも、泣かなかったわね」


結が胸を張る。


「ゆい、がんばった」


夫も小さく息を吐く。


「……俺もな」


妻はふっと笑う。


「じゃあ、ご褒美に喫茶店でパフェでも食べましょうか」


結の顔が一気に明るくなる。


「パフェ!?」


「チョコレートの大きいの」


夫が低く言う。


「ああ、食べよう」


三人の空気が一気に軽くなる。


妻は歩きながら、そっと心の中で思う。


(来月、もう一回あるのよね……)


ちらっと結を見る。


今は嬉しそうに父の手を握っている。


(……今日は言わないでおこう)


夫が妻を見る。


「どうした?」


「なんでもないわ」


微笑む。


十一月の空の下。


小さな勇気と、大きなパフェの約束を胸に、三人は喫茶店へ向かった。


挿絵(By みてみん)

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