秋、ふたつの文化祭⑤ -佐川と相馬-
銀杏並木を抜け、にぎやかな通りへ戻る。
「写真サークル 特設ブース」の看板。
簡易スタジオのような背景布と、小さな照明。
「カップル割やってまーす!記念に一枚いかがですか!」
学生の明るい声に、佐川がわずかに足を止める。
「……カップル、だそうです」
「我々は違いますね」
相馬は淡々と言いながらも、どこか楽しそうだ。
別の学生が近づく。
「ご夫婦でもお友達でも大歓迎です!文化祭限定フレーム付きです!」
相馬が佐川を見る。
「佐川さん」
「はい」
「一緒に撮りましょうか」
佐川の心臓が小さく跳ねる。
「……よろしいのですか」
「今日という日の記念に」
一瞬迷い、そして頷く。
「はい」
並んで立つ。
「もう少し近づいてくださいー!」
学生の無邪気な声。
佐川がわずかに戸惑う。
相馬が静かに距離を詰める。
肩が触れるか触れないか。
「いきますよー、はい、笑って!」
シャッター音。
一瞬の光。
⸻
数分後。
出来上がった写真を受け取る。
「二部、購入されますか?」
相馬が迷わず言う。
「はい、二部」
佐川が小さく驚く。
「二部も?」
「一枚は私に。もう一枚は佐川さんに」
写真を見る。
秋の光の中、少し緊張しながらも穏やかに並ぶ二人。
「……悪くないですね」
「ええ」
相馬がふと話し出す。
「最近、社長がデスクに家族の写真を飾っているのです」
「旦那様が?」
「はい。奥様と結お嬢様の写真を」
佐川の目が柔らぐ。
「そうですか」
「以前は一切ありませんでした」
「想像できます」
相馬は写真を見つめる。
「それを見て、思い出を形に残すのは良いことだと感じまして」
「……」
「時間は過ぎますが、写真は残る」
佐川が静かに言う。
「リビングにも家族の写真が増えました」
「そうですか」
「結お嬢様が選んで、ここに飾るの、と」
相馬が微笑む。
「賑やかになりそうですね」
「はい」
手元の写真をもう一度見る。
「今日という日を、こうして残せてよかった」
相馬の声は穏やかだ。
佐川も小さく頷く。
「……はい」
ざわめきの中、二人は少しだけ立ち止まる。
やがて相馬が言う。
「今日は楽しかった」
「私もです」
「また時間を作って、お茶でもいかがですか」
唐突ではない。
自然な誘い。
佐川は一瞬視線を落とし、そして上げる。
「……はい」
声は静かだが、確かだ。
「喜んで」
相馬が柔らかく笑う。
「では、そのうち」
⸻
帰り道。
夕暮れの空。
佐川はコートのポケットに写真をそっとしまう。
自室に飾ろうか。
それとも、引き出しにしまっておこうか。
少し考え、心の中で決める。
……飾ろう。
大きくではなく、さりげなく。
今日という一日。
大学の空気。
銀杏の匂い。
写真の瞬間。
それは確かに、充実した時間だった。
十年以上遠ざかっていた“誰かと並ぶ時間”。
悪くない。
むしろ――
大切にしたいと思えた。
ポケットの中の写真を、そっと指先で確かめる。
秋の終わりの風が、静かに吹いていた。




