秋、ふたつの文化祭③ 〜夫の胸の内〜
文化祭など、縁のないものだと思っていた。
橋ノ一大学に在籍していた頃、俺の関心は市場と数字だけだった。
キャンパスの喧騒も、屋台も、音楽も、すべて“時間の無駄”に見えていた。
だが――
今日、結に手を引かれて校門をくぐった瞬間。
胸の奥に、妙な感覚が走った。
懐かしさ、とは少し違う。
「パパはやく!」
小さな手の温もり。
逃げない、と言いながらも、あの高揚した空気を俺自身も感じていた。
ここを、昔の俺が歩いていた。
一人で。
ただ前だけを見て。
だが今日は違う。
右に妻。
左に結。
三人で並んで歩く銀杏並木。
妻が「あなたに近づけた気がします」と言ったとき、胸がわずかに詰まった。
近づく、か。
俺はこれまで、自分の過去をほとんど語らなかった。
必要がないと思っていた。
だが、こうして歩くと――
この場所が、俺の一部であることを認めざるを得ない。
そしてそれを、二人に共有している。
結が無邪気に「パパえらい?」と聞く。
そう言われ、娘の目に映る自分を、少しだけ誇らしく思っている。
妻の母校にも行こう、と口にしたのは衝動だ。
だが自然だった。
彼女の過去も、歩いてみたいと思った。
彼女がどこで学び、どこで空を見上げていたのか。
それを知ることは、彼女をもっと知ることになる。
家族とは、こういうことなのかもしれない。
過去も、現在も、未来も、共有する。
来年も三人で、と言ったとき。
結が迷いなく「うん!」と答えた。
その声が、妙に胸に響いた。
文化祭。
くだらないと思っていた行事。
だが今日、この場所で――
俺は確かに、満ち足りていた。
銀杏の葉が落ちる音すら、穏やかに聞こえる。
来年も、その先も。
三人で歩ければいい。
それだけでいい。
そう思っている自分に、少し驚いている。




