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雨のち晴れ  作者: ありり
217/311

秋、ふたつの文化祭②

朝。


玄関先で、佐川が控えめな装いで立っている。


「では、行ってまいります」


「いってらっしゃい、さがわ!」


結がぴょんと抱きつく。


「楽しんできなさいね」


妻が穏やかに言う。


「はい。ありがとうございます」


封筒のことを思い出し、佐川はもう一度頭を下げる。


そこへ夫が廊下から現れる。


「気をつけろ」


短い一言。


「はい、旦那様」


扉が閉まり、佐川の足音が遠ざかる。


結がくるりと振り向く。


「つぎはわたしたち!」


妻が笑う。


「そうね。準備しましょう」



しばらくして。


夫の運転で車は橋ノ一大学近くのパーキングへ。


「ここでいい」


エンジンを止める。


結はすでにチャイルドシートでそわそわ。


「もういく?もういく?」


「落ち着け」


車を降りると、遠くから音楽とざわめきが聞こえる。


校門が見えた瞬間、結の目が輝く。


「わああああ!」


入り口からすでにお祭りモード。


カラフルな看板、のぼり旗、学生たちの呼び込みの声。


「いらっしゃいませー!たこ焼きどうですかー!」


「焼きそばできたてでーす!」


「ライブは中庭でーす!」


結が夫の手をぐいっと引く。


「パパはやく!」


「店は逃げん」


「でもなくなっちゃうかも!」


「補充する」


妻がくすっと笑う。


「結、パパの手を離さないでね」


「うん!」


コンパクトな大学だが、模擬店がぎっしり並んでいる。


たこ焼き、焼きそば、フランクフルト。

綿あめ、クレープ、手作りアクセサリー。

奥では音楽ライブ、別の広場ではダンスパフォーマンス。


結はきょろきょろ。


「パパ!あれなに!」


「軽音サークルだな」


ギターの音が響く。


「かっこいい!」


妻が夫にそっと言う。


「人、多いですね」


「ああ」


「迷子にならないように気をつけないと」


夫は結の手を握り直す。


「離さん」


結が両手をぎゅっと握る。


「だいじょうぶ!」



受付でスタンプラリーの台紙をもらう。


「全部集めたら景品だって」


「やる!」


三人でキャンパス内を歩く。


教室、講堂、図書館前。


スタンプを押すたび、結は歓声を上げる。


「あとひとつ!」


途中、アクセサリー作り体験のブース。


「パパ、これやりたい!」


夫が一瞬眉を上げる。


「俺がか」


「いっしょに!」


妻が微笑む。


「いいじゃないですか」


夫は小さく息を吐く。


「……仕方ない」


テーブルに座り、小さなビーズを選ぶ結。


「パパ、これかわいい?」


「派手だな」


「いいの!」


真剣な顔で紐に通していく。


夫もぎこちなく手を動かす。


「難しいわね」


妻が横で見守る。


「細かい作業は嫌いではない」


「仕事より難しいですか?」


「種類が違う」


結が誇らしげに完成品を掲げる。


「できた!」


「上出来だ」


頭を撫でられ、結は満面の笑み。



午後。


キャンパス奥の銀杏並木。


黄色に色づき始めた葉が、風に揺れている。


人混みから少し離れ、三人でゆっくり歩く。


妻が静かに言う。


「ここを、あなたが歩いていたんですね」


「ああ」


「なんだか……」


少し言葉を探す。


「あなたに、また少し近づけた気がする」


夫が妻を見る。


「ただの大学だ」


「でも、あなたの時間があった場所です」


結が間に入る。


「パパ、ここでべんきょうしてたの?」


「していた」


「えらい?」


「普通だ」


妻が笑う。


「えらいですよ」


銀杏の葉が一枚、はらりと落ちる。


夫がふと口を開く。


「来年は」


「はい?」


「習命院の文化祭に行くか」


妻が目を見開く。


「私の?」


「ああ」


結が即答。


「ぜったいいく!」


「まだ一年あるぞ」


「まつ!」


妻は嬉しそうに笑う。


「楽しみがまた増えましたね」


夫は結の手を握り直す。


「来年も三人でだ」


「うん!」


銀杏並木の中、三人の影が並ぶ。


秋の光の中で、家族の時間が静かに積み重なっていく。


挿絵(By みてみん)

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