休日の書斎、文化祭の約束⑤ 〜佐川の胸の内〜
文化祭。
たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が落ち着かない。
同行。
あくまで同行。
そう自分に言い聞かせる。
けれど――
「是非ご一緒させていただければ」
あの丁寧な声を思い出すと、どうしても“それ以上”に聞こえてしまう。
私は四十六歳。
落ち着いているべき年齢だ。
若い娘のように浮き足立つなど、みっともない。
そう思うのに。
次の休みは何を着ようか、などと考えている自分がいる。
文化祭など、20数年ぶり。
いや、正確には行ったことはないのだ。
大学時代は、そんな余裕もなかった。
あの頃も、そしてその後も。
「デートがんばってね」
結お嬢様の無邪気な声が頭に残る。
デートではない。
そう否定したはずなのに。
……十年以上。
“そういうもの”から遠ざかっている。
そもそも、必要としてこなかった。
仕事があり、責任があり、ここでの生活があり。
それで十分だった。
十分だと思っていた。
なのに。
相馬さんが「休みが取れそうです」と言ったとき。
胸の奥が、ふわりと軽くなった。
あの人は十一年、秘書として旦那様の傍にいる。
私と同じ四十六。
同じ大学出身。
けれど、これまで仕事以外の顔をほとんど見せなかった人。
その人が、私と文化祭に行くと言う。
ただの同行。
それ以上でも、それ以下でもない。
……本当に?
少しだけ緊張している。
変に意識してしまわないだろうか。
ぎこちなくならないだろうか。
並んで歩く距離は、どのくらいが自然だろう。
昔の校舎を見て、何を話せばいいだろう。
こんなことを考えている自分に、少し驚く。
元夫のことは、もう過去だ。
そこに未練はない。
ただ――
“誰かと並んで歩く”という感覚を、随分忘れている。
それが少し怖くて。
そして、ほんの少しだけ。
……楽しみだ。
鏡を見る。
いつもの私だ。
けれど、目元がほんの少し柔らかい気がする。
「同行、です」
そう呟いてみる。
それでも胸は、静かに高鳴ったままだ。




