休日の書斎、文化祭の約束②
書斎の大きな窓から、澄んだ秋空と都心の高層ビル群が見える。
机の上には資料の束。
話はすでに佳境を越え、最後の確認に入っていた。
相馬がファイルを閉じる。
「以上が来月の案件の進捗です。先方との最終調整は私が詰めておきます」
夫は腕を組み、低く頷く。
「抜かりはないな?」
「ございません」
短い沈黙。
やがて夫が椅子から立ち上がる。
「……休日なのに急に呼び立てて悪かったな」
相馬はわずかに目を細める。
「秘書として当然です。社長が動く以上、私も動きます」
「相変わらずだな」
「光栄です」
空気が少し和らぐ。
夫は窓の外を一瞥し、背を向けたまま言う。
「他に何かあるか」
相馬は一瞬、言葉を選ぶ。
「一点、お願いが」
夫が振り返る。
「珍しいな」
「次の土曜日、終日休みを頂こうかと思いまして」
夫の眉がわずかに動く。
「終日か」
「はい」
「お前が自分から言い出すとはな」
「……滅多にございませんので」
夫はじっと相馬を見る。
「何か困っていることがあるなら言え」
低いが、どこか気遣いの滲む声。
相馬は静かに首を振る。
「いえ。ご配慮、感謝いたします」
一呼吸。
「佐川さんと、慶明大学の文化祭へ行ってこようかと」
わずかに、部屋の空気が止まる。
夫の視線が鋭くなるが、それは一瞬だけ。
「……ほう」
「予定が合えば、ですが」
夫は机の端に腰を預け、腕を組む。
「俺が感知することではない」
淡々とした声。
「休みは了承する」
相馬は深く一礼する。
「ありがとうございます」
夫は視線を逸らし、窓の外へ。
「文化祭か。懐かしい響きだな」
「ええ。久方ぶりに校門をくぐるのも悪くないかと」
「羽目を外すなよ」
「心得ております」
ふと、夫が薄く笑う。
「佐川が同行を承諾したのか」
「はい」
「……そうか」
その一言に、わずかな含み。
相馬は気づきながらも、あえて触れない。
「業務には支障を出しません」
「当然だ」
短い沈黙。
夫はデスクに戻り、書類を整える。
「相馬」
「はい」
「休みは休みだ。余計なことは考えるな」
「……肝に銘じます」
「それと」
夫の声が少し低くなる。
「佐川に何かあれば、俺が動く」
相馬はまっすぐに夫を見る。
「承知しております」
互いに視線を交わす。
長年の信頼と、微かな牽制。
やがて相馬が鞄を手に取る。
「では、本日はこれで」
「ああ」
ドアへ向かう相馬の背に、夫がぽつりと言う。
「相馬」
「はい」
「……楽しんでこい」
相馬は一瞬驚いた顔をし、すぐに柔らかく笑った。
「ありがとうございます、社長」
扉が閉まる。
静まり返った書斎で、夫は窓越しの青空を見上げる。
「文化祭、か……」
低く呟き、わずかに目を細めた。




