休日の書斎、文化祭の約束①
薄い陽射しがリビングに差し込んでいる。
妻は外出中。
夫は書斎にこもり、休日とは思えぬ静かな緊張が家に漂っていた。
リビングでは、結が積み木を広げている。
「さがわ、これパパのおへやにするの」
「まあ、立派なお部屋ですね、結お嬢様。窓も大きいですし、きっとパパもお喜びになります」
「パパ、きょうおしごと?」
「はい。本日は休日ですが、少しだけお仕事だそうです」
結は小さく唇を尖らせた。
「やすみなのに?」
その時、書斎の扉が開く。
「佐川」
低く落ち着いた声。
「はい、旦那様」
「相馬が来る。着いたら書斎へ通せ」
「かしこまりました」
夫は一瞬、リビングを見渡す。結と目が合う。
「結、後でな」
「うん。パパ、がんばって」
わずかに口元を緩め、夫は再び書斎へ戻った。
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しばらくして、インターホンが鳴る。
「はい」
モニターに映るのは、きっちりとしたスーツ姿の相馬。
玄関を開けると、冷たい11月の空気とともに彼が入ってくる。
「ご無沙汰しております、佐川さん」
「相馬さん。お久しぶりです。約二ヶ月ぶりですね」
互いに軽く会釈する。46歳同士の落ち着いた空気。
「お変わりありませんか?」
「ええ。相馬さんこそ」
「なんとかやっております。社長は?」
「書斎にいらっしゃいます。すぐにお通ししますね」
玄関で靴を整えながら、相馬が少し柔らかい声になる。
「結お嬢様もお元気ですか?」
「はい。今、リビングで遊んでおられます」
「それは何よりです」
少しの沈黙。
ふと、相馬が尋ねる。
「佐川さんは、休日は何を?」
「私ですか?」
「ええ。滅多にゆっくりお話しする機会もありませんから」
佐川は少し考える。
「特に決まったことはございません。部屋の掃除をしたり、近所で買い物をしたり……ごく普通の休日です」
「佐川さんらしい」
「そうでしょうか」
「ええ。堅実で」
その言葉に、佐川はわずかに視線を逸らす。
「……ただ」
「ただ?」
「次の休みは、母校の文化祭にでも行ってみようかと。慶明大学の」
相馬の目がわずかに細まる。
「慶明の?」
「はい。毎年この時期ですから」
「懐かしいですね」
「相馬さんも、同じ大学でしたね」
「ええ。学部は違いましたが」
小さく笑う相馬。
「もしご都合が合えば――」
一瞬、言葉を選ぶ間。
「同行させていただいても?」
佐川の動きが止まる。
「……え?」
「もちろん、ご迷惑でなければ」
「い、いえ、迷惑など……」
思いもよらぬ申し出に、ほんのり頬が熱くなる。
「予定が合えば、是非」
「本当ですか」
「はい」
互いに少しだけ照れたような沈黙。
相馬が咳払いをする。
「では、その件はまた改めて」
「ええ」
⸻
「こちらへどうぞ」
書斎の前まで案内する。
扉をノック。
「旦那様、相馬さんでございます」
「入れ」
扉を開ける。
「社長」
「来たか」
ビジネスの空気に切り替わる二人。
佐川は一礼し、静かに扉を閉める。
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リビングへ戻ると、結が駆け寄ってくる。
「相馬のおじさんきた?」
「はい、いらっしゃいました」
結はにやりとする。
「さっき、なんかおはなししてたね」
「え?」
「デート?」
佐川は思わず固まる。
「で、デートではございません」
「じゃあなに?」
「……同行、です」
「どうこう?」
「ええ。予定が合えば、一緒に行くだけです」
結は腕を組んで考える。
「それ、デートじゃないの?」
「違います」
「ほんとに?」
「本当です」
頬を少し赤らめながらも、凛とした声。
結はくすっと笑う。
「さがわ、なんかうれしそう」
「そんなことは……」
「あるよ」
小さな手が佐川の手を握る。
「さがわ、たのしみだね」
佐川はその手を見つめ、ゆっくり微笑む。
「……はい。少しだけ」
書斎の向こうでは、低い男たちの声が響いている。
その音を背に、11月の穏やかな光がリビングを包んでいた。




