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雨のち晴れ  作者: ありり
207/311

あなたの隣で、自分でありたい④

夜、寝室。


ベッドに、少し距離をあけて座る二人。

窓の向こうには、静かな都会の夜景。


しばらく無言が続いたあと——


夫が先に口を開く。


「……昨日は言い過ぎた」


低い声。


妻が視線を上げる。


「俺に従え、は……違った」


少し間を置いて続ける。


「感情的になった。すまない」


妻は小さく首を振る。


「私も、急に言ってしまったから……」


「いや」


夫は遮る。


「俺が悪い」


沈黙。


妻は膝の上で手を重ねる。


「でも……気持ちは変わらないの」


「……聞こう」


夫は真っ直ぐ見る。


「せめて、自分にかかるものだけは自分で賄いたいの」


「美容院や服か」


「ええ」


「俺の金ではだめか」


「だめじゃないですが......」


妻は静かに答える。


「あなたのお金を使うのが嫌なわけじゃない。ただ……自分の分を、自分で出せる自分でいたいの」


夫の視線が揺れる。


「外に出たいわけじゃないんです」


妻は続ける。


「居場所は、あなたの隣だけ」


はっきりと言う。


「他につながりが欲しいわけでもない。誰かと親しくなりたいわけでもない」


夫の胸がわずかに締まる。


「……本当か」


「本当です」


視線は逸らさない。


「あなたの隣にいる。それだけでいいの」


夫はゆっくり息を吐く。


「気持ちは、わかる」


低く言う。


「だが……他と接点を見出してほしくない」


正直な言葉だった。


「俺は独占欲が強い」


自嘲気味に笑う。


「自覚はある」


妻は静かに聞いている。


「お前が外に出て、他人と関わる。それを想像するだけで、落ち着かない」


拳を軽く握る。


「我儘だとも思う」


「……」


「だが、それが本音だ」


部屋に静かな緊張が漂う。


やがて夫が言う。


「佐川がメイドとしている」


「ええ」


「だが、食事の支度や結のことは、お前がしている」


「それは、妻として当然——」


「当然ではない」


夫の声が強くなる。


妻が驚く。


「当然じゃない」


繰り返す。


「俺は、感謝するべき立場だ」


沈黙。


夫は少し視線を落とす。


「家を守り、子を育て、俺を支えている。それは“当然”ではない」


「……」


「対価を払わせてくれ」


真っ直ぐな目。


「パートに出る代わりに、家の仕事への報酬として受け取れ」


妻は戸惑う。


「それは……」


「感謝だ」


少しだけ声が柔らぐ。


「俺からの」


静かな夜。


「金で縛りたいわけじゃない」


「……」


「だが、外に出るよりは、俺の感謝を受け取ってほしい」


言葉は不器用だが、必死だった。


「お願いだ」


命令ではない。


本当に、お願いだった。


妻はしばらく考える。


自分のため。

でも——


彼もまた、不安なのだ。


ゆっくり息を吐き、頷く。


「……わかりました」


夫がわずかに目を見開く。


「あなたが、そういう気持ちで言ってくれているなら」


「いいのか?」


「はい」


小さく微笑む。


「あなたが、寄り添って考えてくれたから」


夫の表情がわずかに緩む。


妻は続ける。


「ありがとう」


「……何に対してだ」


「私の気持ちを、ちゃんと聞いてくれて」


少し間を置き、


「寄り添ってくれて、ありがとう」


夫は何も言えず、ただ視線を逸らす。


夜景が静かに輝いている。


少しずつ、張り詰めていた空気が溶けていく。


二人の距離も、ほんのわずかに縮まっていた。


挿絵(By みてみん)

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