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雨のち晴れ  作者: ありり
202/311

35歳、満ち足りた帰路②

夕刻。


タワマンのエントランスに三人が姿を現す。


「ついたー!」


結が元気に言う。


夫がボストンバッグを持ち、妻は荷物を抱える。


エレベーターが最上階に到着する。


扉が開くと、すでに玄関で待っていた佐川が静かに一礼する。


「お帰りなさいませ」


「ただいま」


夫が穏やかに答える。


妻も微笑む。


「留守をありがとう」


結がぱっと駆け寄る。


「さがわー!」


「お帰りなさいませ、お嬢様」


結はリュックを開け、ごそごそと取り出す。


「これ!」


両手で差し出す。


「クッキー! しらかわごうのおみやげ!」


佐川は目を細める。


「まあ……私にですか?」


「うん!」


「ありがとうございます。とても嬉しいです」


結は胸を張る。


「えらいでしょ!」


「とても」


夫が小さく笑う。


「真剣に選んでいたからな」


佐川はクッキーの箱を丁寧に受け取り、再び一礼する。


「皆様、お疲れではございませんか?」


「少しな」


夫が肩を回す。


「でも、いい疲れだ」


妻も頷く。


「本当に良い旅だったわ」


佐川が優しく言う。


「旦那様、お誕生日おめでとうございました」


「ありがとう」


「次は結お嬢様のお誕生日ですね」


佐川が微笑む。


「三月でしたね」


結が首を振る。


「ちがうよ!」


「え?」


「つぎは、さがわのたんじょうび!」


佐川が目を瞬く。


「……私ですか?」


「うん! さがわ、にがつでしょ!」


「よく覚えていらっしゃいますね」


「ちゃんときいたもん!」


妻が驚きつつも微笑む。


「そうね、二月だったわね」


夫も思い出す。


「そういえば」


結が両手を広げる。


「さがわも、おいわいする!」


「……」


佐川は一瞬言葉を失う。


「お嬢様、私はそのような……」


「だめ!」


結がきっぱり言う。


「みんな、たんじょうびあるでしょ?」


夫が静かに口を開く。


「その通りだ」


佐川が夫を見る。


「旦那様……」


「祝われるのは悪くない」


妻が優しく続ける。


「家族みんなで、ね」


佐川の表情が少し揺れる。


「私は……」


結が佐川の手を握る。


「さがわも、だいじ!」


その一言で。


佐川の目が少し潤む。


「……ありがとうございます」


小さな声。


夫が静かに言う。


「二月だな」


「はい」


「予定を空けておけ」


「……はい」


妻が笑う。


「ケーキも用意しましょうか」


「いちごいっぱいの!」


「はいはい」


リビングへと移動する。


ボストンバッグを開け、荷物を出しながらも、家の空気がどこか温かい。


夫はふと立ち止まる。


白川郷の静けさ。

山の空気。

紅葉。


そして今。


自宅の灯り。

家族の声。


(帰る場所がある)


それが、何よりの幸せだと実感する。


結が佐川の腕にぶら下がる。


「さがわ、にがつ、たのしみにしててね!」


「はい、お嬢様」


夫が妻を見る。


「次は二月か」


皆が笑う。


旅行は終わった。


だが。


家族の時間は、まだ続いていく。


夫は静かに思う。


35歳の誕生日。


最高の時間だった。


そしてその余韻は、

こうして日常の中に溶けていく。


「……ただいま」


改めて小さく呟く。


「お帰りなさいませ」


佐川の声。


結の笑い声。


妻の穏やかな眼差し。


そのすべてに包まれながら――

楽しい旅行は幕を閉じた。

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