旅の目的地、白川郷②
白川郷の合掌造り集落を背景に、三人はゆっくりと歩いていた。
澄んだ空気。
色づく紅葉。
茅葺き屋根の家々。
結が夫の腕の中で身を乗り出す。
「ママ、しゃしんとろう!」
「そうね」
ちょうど近くに、穏やかな笑顔の老夫婦が景色を眺めている。
妻は少し歩み寄る。
「すみません、写真をお願いしてもよろしいですか?」
老夫人がにこやかに頷く。
「もちろんですよ」
「ありがとうございます」
スマホを手渡す。
夫は結を抱き直し、妻は夫の腕にそっと寄り添う。
「はい、撮りますよー」
老夫人の声。
「はい、チーズ!」
結が大きな声で言う。
「チーズ!」
カシャ。
もう一枚。
カシャ。
「素敵ですよ」
「ありがとうございます」
妻が頭を下げる。
そのまま微笑みながら言う。
「よろしければ、お二人もお撮りしましょうか?」
老夫婦は顔を見合わせる。
「いいんですか?」
「ぜひ」
夫人が嬉しそうに夫の隣に並ぶ。
夫がスマホを受け取る。
「ここを押せばいいですか?」
「はい」
老夫婦が並ぶ。
「もう少し近づいてください」
夫が少し真面目な顔で言う。
老夫が照れながら肩を寄せる。
「はい、撮ります」
カシャ。
「もう一枚」
カシャ。
撮り終え、スマホを返す。
「ありがとうございます」
老夫人の目が少し潤んでいる。
「こんな景色で、二人で写真を撮るなんて久しぶりで」
妻が柔らかく笑う。
「とても素敵でした」
老夫婦が去ったあと。
夫がぽつりと言う。
「……俺たちも、ああいう夫婦になりたいな」
妻は少し驚いたように夫を見る。
「なれますよ」
「そうか?」
「なれます」
迷いのない声。
結が間に入る。
「ゆいもいっしょにおばあちゃんになる!」
「それは困るな」
夫が笑う。
「でもその頃にはお前も大人だな」
結はよく分からないまま笑う。
しばらく歩く。
木の橋を渡り、小道を進む。
妻が結に尋ねる。
「移動、大変じゃなかった?」
新幹線、特急、散策、バス。
結は元気いっぱいに答える。
「ぜんぶたのしかった!」
「本当?」
「でんしゃもバスも、ぜんぶ!」
夫が言う。
「途中で寝ていたがな」
「それもたのしかった!」
妻はほっと息をつく。
(よかった)
無理をさせていないか、少し気になっていた。
結が元気なら、それだけで安心だ。
夕方が近づき、柔らかな光が集落を包む。
妻が指差す。
「あそこが、今日のお宿です」
合掌造り集落のすぐ近く、風情ある宿。
木の香りが漂う玄関。
「近いな」
夫が言う。
「歩いてすぐね」
「おへやあるの!?」
「あるわよ」
宿の方が出迎える。
「いらっしゃいませ」
三人は靴を脱ぎ、畳の廊下を進む。
部屋に入ると、窓の向こうに広がる合掌造りの屋根と紅葉。
結が駆け寄る。
「ママ! パパ! みて!」
夫が静かに窓の外を見る。
「……いい場所を選んだな」
妻が少し照れたように言う。
「誕生日ですから」
夫はゆっくりと振り返る。
35歳。
朝から続いた移動。
家族との時間。
そしてこの景色。
「最高だ」
その一言に、妻の顔が柔らかくほころぶ。
結が両手を広げる。
「りょこう、だいせいこう!」
三人の笑い声が、静かな白川郷の夕暮れに溶けていった。




