表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨のち晴れ  作者: ありり
195/311

内緒の行き先③

名古屋駅。


改札を出ず、乗り換え口の近くで妻が時計を見る。


「少し時間がありますね」


「どこへ行く?」


「売店に寄りましょう」


結がぴょんと跳ねる。


「おかし!? おかしかうの!?」


「少しだけよ」


売店には名古屋名物のお菓子や限定商品が並んでいる。


「これ、えびせんだって」


妻が手に取る。


「名古屋限定ね」


夫が棚を見渡す。


「ずいぶん種類があるな」


結は真剣な顔で選んでいる。


「これと……これと……」


「一つにしなさい」


「えー!」


「二つまで」


「やった!」


夫が飲み物を手に取る。


「温かいコーヒーと……」


妻はお茶を選ぶ。


「結は?」


「りんごジュース!」


レジを済ませる。


妻がチケットを取り出す。


「このあと、特急列車に乗ります」


「特急?」


夫が静かに言う。


「どこまでだ」


妻は一瞬だけ間を置く。


「……高山駅です」


「高山か」


夫の目がわずかに細くなる。


「なるほど」


「まだ最終目的地は秘密です」


「そうか」


結が首をかしげる。


「たかやまってなに?」


「山のほうよ。きれいな景色が見られるの」


「やま!? ゆきある?」


「あるかもしれないわね」


ホームに特急列車が滑り込む。


「わあ、ちがうでんしゃ!」


結が目を輝かせる。


車内に乗り込む。


「こんどはママのとなりがいい!」


「いいわよ」


席は窓側から結、その隣に妻。

通路を挟んで夫が座る。


「パパ、あっち!」


「ちゃんと座れ」


発車。


名古屋の街並みが流れ、やがて景色は徐々に変わっていく。


「みて! かわ!」


「長良川かもしれないな」


「ながらがわ?」


「川だ」


結はテンション高く窓に顔を近づける。


「トンネル! トンネル!」


暗くなるときゃあっと笑う。


妻も楽しそうに微笑む。


だが、しばらくすると。


「……」


さっきまで騒いでいた声が静かになる。


妻が横を見る。


結の頭がこくり、と揺れる。


「眠くなったのね」


朝5時起きだ。


結は妻の腕に寄りかかり、そのまま静かに眠ってしまう。


「……はやいな」


通路越しに夫が言う。


「気合いで起きてましたから」


妻は小さな声で答える。


結の髪をそっと撫でる。


窓の外には山の景色。

川沿いを走る列車。


妻は結の寝顔を見つめ、そしてその向こうの景色を眺める。


柔らかい光が差し込む。


その横顔は、穏やかで、優しい。


夫はその光景を見て、静かにスマホを取り出す。


カシャ。


無音シャッター。


妻が気づいて振り向く。


「……今、撮りました?」


「いや」


「撮りましたよね?」


「いい写真だった」


夫は画面を見る。


眠る結。

優しく見守る妻。

窓の外の山の景色。


完璧だった。


「流出させないでくださいね」


「個人保管だ」


「怪しいですね」


夫は小さく笑う。


(これだけで充分だ)


誕生日だとか、旅行先だとか。


どうでもいい。


今、目の前にあるこの景色。


自分の隣に眠る娘。

その娘を見守る妻。


それを切り取れたこと。


それだけで、胸が満たされる。


列車は山間を走り続ける。


やがてアナウンスが流れる。


『まもなく高山〜高山〜』


妻がそっと結を揺らす。


「結、着くわよ」


「……ん」


目をこすりながら顔を上げる。


「ついた?」


「高山駅だ」


夫が答える。


「やま?」


「山だな」


列車がゆっくりと止まる。


ドアが開く。


澄んだ空気が流れ込む。


夫は立ち上がりながら思う。


(この先に、あいつの用意した景色がある)


静かな期待とともに、

三人は高山駅のホームへと降り立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ