内緒の行き先③
名古屋駅。
改札を出ず、乗り換え口の近くで妻が時計を見る。
「少し時間がありますね」
「どこへ行く?」
「売店に寄りましょう」
結がぴょんと跳ねる。
「おかし!? おかしかうの!?」
「少しだけよ」
売店には名古屋名物のお菓子や限定商品が並んでいる。
「これ、えびせんだって」
妻が手に取る。
「名古屋限定ね」
夫が棚を見渡す。
「ずいぶん種類があるな」
結は真剣な顔で選んでいる。
「これと……これと……」
「一つにしなさい」
「えー!」
「二つまで」
「やった!」
夫が飲み物を手に取る。
「温かいコーヒーと……」
妻はお茶を選ぶ。
「結は?」
「りんごジュース!」
レジを済ませる。
妻がチケットを取り出す。
「このあと、特急列車に乗ります」
「特急?」
夫が静かに言う。
「どこまでだ」
妻は一瞬だけ間を置く。
「……高山駅です」
「高山か」
夫の目がわずかに細くなる。
「なるほど」
「まだ最終目的地は秘密です」
「そうか」
結が首をかしげる。
「たかやまってなに?」
「山のほうよ。きれいな景色が見られるの」
「やま!? ゆきある?」
「あるかもしれないわね」
ホームに特急列車が滑り込む。
「わあ、ちがうでんしゃ!」
結が目を輝かせる。
車内に乗り込む。
「こんどはママのとなりがいい!」
「いいわよ」
席は窓側から結、その隣に妻。
通路を挟んで夫が座る。
「パパ、あっち!」
「ちゃんと座れ」
発車。
名古屋の街並みが流れ、やがて景色は徐々に変わっていく。
「みて! かわ!」
「長良川かもしれないな」
「ながらがわ?」
「川だ」
結はテンション高く窓に顔を近づける。
「トンネル! トンネル!」
暗くなるときゃあっと笑う。
妻も楽しそうに微笑む。
だが、しばらくすると。
「……」
さっきまで騒いでいた声が静かになる。
妻が横を見る。
結の頭がこくり、と揺れる。
「眠くなったのね」
朝5時起きだ。
結は妻の腕に寄りかかり、そのまま静かに眠ってしまう。
「……はやいな」
通路越しに夫が言う。
「気合いで起きてましたから」
妻は小さな声で答える。
結の髪をそっと撫でる。
窓の外には山の景色。
川沿いを走る列車。
妻は結の寝顔を見つめ、そしてその向こうの景色を眺める。
柔らかい光が差し込む。
その横顔は、穏やかで、優しい。
夫はその光景を見て、静かにスマホを取り出す。
カシャ。
無音シャッター。
妻が気づいて振り向く。
「……今、撮りました?」
「いや」
「撮りましたよね?」
「いい写真だった」
夫は画面を見る。
眠る結。
優しく見守る妻。
窓の外の山の景色。
完璧だった。
「流出させないでくださいね」
「個人保管だ」
「怪しいですね」
夫は小さく笑う。
(これだけで充分だ)
誕生日だとか、旅行先だとか。
どうでもいい。
今、目の前にあるこの景色。
自分の隣に眠る娘。
その娘を見守る妻。
それを切り取れたこと。
それだけで、胸が満たされる。
列車は山間を走り続ける。
やがてアナウンスが流れる。
『まもなく高山〜高山〜』
妻がそっと結を揺らす。
「結、着くわよ」
「……ん」
目をこすりながら顔を上げる。
「ついた?」
「高山駅だ」
夫が答える。
「やま?」
「山だな」
列車がゆっくりと止まる。
ドアが開く。
澄んだ空気が流れ込む。
夫は立ち上がりながら思う。
(この先に、あいつの用意した景色がある)
静かな期待とともに、
三人は高山駅のホームへと降り立った。




