内緒の行き先①
出発前日の夜。
リビングにはボストンバッグが並び、結は自分の小さなリュックを何度も開け閉めしている。
「ママ、これもってく! これもいる!」
ぬいぐるみを三つ抱えて主張する結に、妻は苦笑する。
「一つだけよ。電車の中で抱っこできる分だけ」
「ええー!」
夫がソファから静かに言う。
「明日は何時だ」
「6時に出ます」
「……6時?」
わずかに眉が上がる。
「早いな」
「新幹線の時間がありますから」
「なるほど」
夫は腕時計を見る。
「では5時には起きるのか」
「私はそのくらいですね」
結が胸を張る。
「ゆいもおきる!」
「起きられるか?」
「おきる!」
その勢いに、夫は小さく笑う。
(早いな、と思うが……悪くない)
静かに喜んでいる自分に気づく。
妻は佐川に向き直る。
「朝は早いから、見送りは不要よ。ゆっくりしていて」
佐川は穏やかに首を振る。
「お気になさらず。ぜひ、お見送りさせてください」
「でも、まだ暗い時間よ?」
「皆様のご出発を見送るのは、私の楽しみでもございます」
結がぱっと振り向く。
「さがわ、ばいばいするの?」
「はい、お嬢様」
「じゃあ、はやくおきてね!」
「承知いたしました」
夫が一言。
「無理はするな」
「はい、旦那様」
穏やかな夜が過ぎていく。
⸻
当日、午前4時50分。
キッチンに明かりが灯る。
妻は静かに起き、身支度を整え、最終確認をする。
(チケットよし。財布よし。予約確認よし)
湯を沸かしていると、後ろから小さな足音。
「ママ……おはよう」
振り向くと、目をこすりながらも笑顔の結。
「起きられたの?」
「うん!」
「えらいわ」
その様子を見て、寝室の扉が開く。
「……本当に起きたのか」
夫が低い声で言う。
「5時だぞ」
「おきた!」
「気合い充分だな」
夫は少しだけ目を細める。
5時半。
玄関には三人の靴が並ぶ。
佐川がきちんと身支度を整えて立っていた。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「佐川、ありがとう。行ってきます」
「おみやげ、かうね!」
「楽しみにしております」
夫が小さく頷く。
「留守を頼む」
「はい」
まだ薄暗い外へ出る。
冷たい11月の空気。
結が夫の手をぎゅっと握る。
「なんか、たのしいね」
「まだ出発したばかりだぞ」
「でも、たのしい!」
妻はその様子を見て、胸が温かくなる。
⸻
駅に到着。
朝のホームは少しひんやりしている。
改札を抜けると、妻が言う。
「まずは新幹線で名古屋まで行きます」
「名古屋か」
夫が視線を向ける。
「そこが目的地か?」
妻はにやりと笑う。
「まだ秘密。でも名古屋ではありません」
「ほう」
「えー! まだひみつなのー!?」
結が跳ねる。
「もう少しよ」
新幹線の発車まで少し時間がある。
「お弁当を買いましょう」
駅ナカの弁当売り場へ向かう。
色とりどりの駅弁が並ぶ。
「わあ……」
結が目を輝かせる。
夫も思わず足を止める。
「……こんなに種類があるのか」
「駅弁は楽しいですよ」
「牛肉弁当、天むす、味噌カツ……」
夫が一つ一つ手に取る。
「迷うな」
「いつも即決なのに?」
「これは重要だ」
真剣な顔で言う夫に、妻がくすっと笑う。
「ゆい、これ!」
結は可愛いキャラクターの包みを持ってくる。
「いいわね。それにしましょう」
夫は少し考え、飛騨牛と書かれた弁当を手に取る。
「これにする」
「もう“ヒント”が出てますよ」
妻が意味ありげに言う。
夫が目を細める。
「……なるほど」
結が元気よく言う。
「はやくのりたい!」
ホームに新幹線が滑り込む。
白い車体が朝日に光る。
夫は妻を見る。
「まだ秘密なんだな」
「はい、主催者ですから」
夫は小さく笑う。
(名古屋ではない、か)
期待と少しの高揚感。
ドアが開く。
三人は並んで乗り込む。
ミステリーツアーは、いよいよ始まった。




