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雨のち晴れ  作者: ありり
193/311

内緒の行き先①

出発前日の夜。


リビングにはボストンバッグが並び、結は自分の小さなリュックを何度も開け閉めしている。


「ママ、これもってく! これもいる!」


ぬいぐるみを三つ抱えて主張する結に、妻は苦笑する。


「一つだけよ。電車の中で抱っこできる分だけ」


「ええー!」


夫がソファから静かに言う。


「明日は何時だ」


「6時に出ます」


「……6時?」


わずかに眉が上がる。


「早いな」


「新幹線の時間がありますから」


「なるほど」


夫は腕時計を見る。


「では5時には起きるのか」


「私はそのくらいですね」


結が胸を張る。


「ゆいもおきる!」


「起きられるか?」


「おきる!」


その勢いに、夫は小さく笑う。


(早いな、と思うが……悪くない)


静かに喜んでいる自分に気づく。


妻は佐川に向き直る。


「朝は早いから、見送りは不要よ。ゆっくりしていて」


佐川は穏やかに首を振る。


「お気になさらず。ぜひ、お見送りさせてください」


「でも、まだ暗い時間よ?」


「皆様のご出発を見送るのは、私の楽しみでもございます」


結がぱっと振り向く。


「さがわ、ばいばいするの?」


「はい、お嬢様」


「じゃあ、はやくおきてね!」


「承知いたしました」


夫が一言。


「無理はするな」


「はい、旦那様」


穏やかな夜が過ぎていく。



当日、午前4時50分。


キッチンに明かりが灯る。


妻は静かに起き、身支度を整え、最終確認をする。


(チケットよし。財布よし。予約確認よし)


湯を沸かしていると、後ろから小さな足音。


「ママ……おはよう」


振り向くと、目をこすりながらも笑顔の結。


「起きられたの?」


「うん!」


「えらいわ」


その様子を見て、寝室の扉が開く。


「……本当に起きたのか」


夫が低い声で言う。


「5時だぞ」


「おきた!」


「気合い充分だな」


夫は少しだけ目を細める。


5時半。

玄関には三人の靴が並ぶ。


佐川がきちんと身支度を整えて立っていた。


「お気をつけていってらっしゃいませ」


「佐川、ありがとう。行ってきます」


「おみやげ、かうね!」


「楽しみにしております」


夫が小さく頷く。


「留守を頼む」


「はい」


まだ薄暗い外へ出る。

冷たい11月の空気。


結が夫の手をぎゅっと握る。


「なんか、たのしいね」


「まだ出発したばかりだぞ」


「でも、たのしい!」


妻はその様子を見て、胸が温かくなる。



駅に到着。


朝のホームは少しひんやりしている。


改札を抜けると、妻が言う。


「まずは新幹線で名古屋まで行きます」


「名古屋か」


夫が視線を向ける。


「そこが目的地か?」


妻はにやりと笑う。


「まだ秘密。でも名古屋ではありません」


「ほう」


「えー! まだひみつなのー!?」


結が跳ねる。


「もう少しよ」


新幹線の発車まで少し時間がある。


「お弁当を買いましょう」


駅ナカの弁当売り場へ向かう。


色とりどりの駅弁が並ぶ。


「わあ……」


結が目を輝かせる。


夫も思わず足を止める。


「……こんなに種類があるのか」


「駅弁は楽しいですよ」


「牛肉弁当、天むす、味噌カツ……」


夫が一つ一つ手に取る。


「迷うな」


「いつも即決なのに?」


「これは重要だ」


真剣な顔で言う夫に、妻がくすっと笑う。


「ゆい、これ!」


結は可愛いキャラクターの包みを持ってくる。


「いいわね。それにしましょう」


夫は少し考え、飛騨牛と書かれた弁当を手に取る。


「これにする」


「もう“ヒント”が出てますよ」


妻が意味ありげに言う。


夫が目を細める。


「……なるほど」


結が元気よく言う。


「はやくのりたい!」


ホームに新幹線が滑り込む。


白い車体が朝日に光る。


夫は妻を見る。


「まだ秘密なんだな」


「はい、主催者ですから」


夫は小さく笑う。


(名古屋ではない、か)


期待と少しの高揚感。


ドアが開く。


三人は並んで乗り込む。


ミステリーツアーは、いよいよ始まった。

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