妻計画のミステリーツアー①
タワマン最上階のリビング。
夜景が一面のガラス窓に広がっている。
ダイニングテーブルにはノートパソコン。
画面には旅行サイト、地図、レビュー記事がいくつも開かれていた。
「……うーん」
妻は腕を組み、画面を睨む。
来月11月は夫の誕生日。
本当は二泊三日、できれば三泊四日くらい連れて行きたかった。
けれど夫のスケジュールはぎっしり。どうにか確保できたのは一泊二日だけだった。
「一泊二日……短いわね」
小さく呟く。
キッチンから静かな足音が近づく。
「奥様、温かいお茶をどうぞ」
佐川がそっと湯呑みを置いた。
「ありがとう、佐川」
湯気が立ちのぼる。
「ご旅行の計画でございますか?」
「ええ。来月、あの人の誕生日でしょう? ミステリーツアーにするつもりなの」
佐川が少し目を丸くする。
「旦那様にも、お嬢様にも、行き先は内緒で?」
「ええ。ふふ、当日まで秘密。絶対喜ぶはず」
その時、書斎から出てきた夫が、ネクタイを緩めながらこちらを見る。
「何をそんなに真剣な顔で見ている」
「秘密です」
即答する妻。
夫は一瞬眉を上げるが、すぐに口元を緩める。
「お前が計画したものなら、どこでも構わない。どうせ俺は喜ぶ」
「随分と自信家ですね」
「事実だ」
そう言い残し、夫は結の部屋を覗きに行く。
その背中を見送りながら、妻は小さく笑った。
(そう、だからこそちゃんと考えたいのよ)
パソコン画面をスクロールする。
沖縄――青い海、真っ白な砂浜。
大阪――串カツ、通天閣、賑やかな街。
四国巡り――うどん、瀬戸内海、道後温泉。
「どこも絶対に二泊以上ほしいわよね……」
どれも魅力的。
けれど“しっかり回る”には時間が足りない。
「難しいですね」
佐川が静かに言う。
「ええ……誕生日だから、非日常を見せてあげたいの」
都会の夜景をちらりと見る。
このタワマンの景色も、確かに美しい。
けれど夫は毎日これを見ている。
(違う世界を見せたい)
そのとき、ふと、ある景色が頭に浮かんだ。
合掌造りの屋根。
澄んだ空気。
山に囲まれた静かな集落。
「……あ」
指が止まる。
「どうなさいましたか?」
「岐阜県の……白川郷」
検索窓に打ち込む。
画面に広がる、世界遺産の風景。
秋色に染まる山々と、茅葺き屋根の家々。
「きれい……」
佐川もそっと覗き込む。
「この都会では見られない景色でございますね」
「ええ。農村の風景。静かで、空気も澄んでいて……」
夜のライトアップの写真も出てくる。
「ここなら、一泊二日でも“非日常”を味わえる」
温泉もある。
飛騨牛もある。
結にも見せたい景色だ。
夫がリビングに戻ってくる。
「まだ決まらないのか」
妻はパソコンを閉じ、クールに微笑む。
「決まりました」
「ほう」
「ミステリーツアーよ。楽しみにしていてください」
夫は一瞬じっと妻を見る。
「俺は、お前が楽しそうならそれで十分だ」
「……そういうこと言うから、ちゃんと考えたくなるんです」
夫は軽く肩をすくめる。
「どこへ連れて行かれても、俺は喜ぶ」
妻は心の中で決意する。
(白川郷にしよう)
世界遺産の静かな村で、
都会では見られない景色を一緒に見る。
夫の誕生日。
家族三人の、一泊二日の秘密旅行。
妻は再びパソコンを開き、予約画面へと進んだ。
夜景の向こうに、もうすぐ訪れる11月の冷たい空気を思い浮かべながら。




