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雨のち晴れ  作者: ありり
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娘のように

十月のやわらかな陽射しがリビングに差し込んでいた。


床に広げられたおままごとセットの前で、結は真剣な顔をして小さなフライパンを握っている。


「佐川、今日はハンバーグね。ちゃんと焼いてね」


「かしこまりました、結お嬢様。では、こちらの特製ソースもご用意いたします」


佐川は穏やかに微笑みながら、小さな木のスプーンを手に取る。


「うん、いいよ。パパの分もあるからね」


「それは大変でございますね。旦那様はお腹を空かせてお帰りになりますから」


二人のやりとりを、キッチンから妻が微笑ましく眺めていた。


「結、ママちょっとスーパー行ってくるね。卵切らしちゃって」


「えー?」


結が顔を上げる。


「すぐ帰るから。佐川、留守番お願いできる?」


「もちろんでございます」


すると、結がぱっと立ち上がった。


「わたしも行く!」


「え? さっきまでハンバーグ作ってたじゃない」


「お買い物もおままごとのつづきなの。佐川と行く」


妻は少し驚きながら佐川を見る。


「佐川、お願いできる?」


「はい。喜んでお供いたします」


「やったー!」


結は小さなバッグを肩にかけ、佐川の手をぎゅっと引っ張る。


「はやく、佐川!」


「はいはい、結お嬢様。転ばないようにお気をつけくださいませ」


―――


外はまだ少し暑さが残る初秋。


結は楽しそうに佐川の手をぶんぶん振る。


「佐川、ようちえんね、きょうもたのしかったよ」


「そうでございますか。それは何よりでございます。何をして遊ばれました?」


「おえかき! うさぎかいたの。あとね、ゆりちゃんとブランコした」


「結お嬢様はお友達がたくさんいらっしゃいますね」


「うん! でもね、さがわといるのもすき」


その言葉に、佐川の胸がわずかに温かくなる。


「……光栄でございます」


スーパーに到着し、カゴを手に取る。


「卵は……こちらでございますね」


「わたし、いれる!」


結は慎重にパックを抱え、カゴにそっと入れる。


「上手にできましたね」


「えへへ」


しばらく歩くと、お菓子売り場で結の足が止まる。


「……ねえ、これほしい」


小さなクッキーの袋を見上げる。


佐川は少し考えてから言う。


「ひとつだけ、でございますよ」


「ほんと? やったー!」


「お約束は守っていただきます」


「うん!」


会計へ向かう途中、結がふと佐川を見上げる。


「ねえ、佐川」


「はい?」


「佐川って、ママみたい」


佐川の足が一瞬止まった。


「……そのようなこと、恐れ多いことでございます。奥様がいらっしゃいます」


「でもね、やさしいし、いっしょにあそんでくれるし。もうひとりのママ」


無邪気な笑顔。


佐川は胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。


(私は、子どもを持ったことはない……)


それでも、目の前の小さな手を見つめる。


「……結お嬢様。私は母ではございませんが」


少しだけ声がやわらぐ。


「結お嬢様のことを、娘のように大切に思っております」


結はぱっと顔を輝かせる。


「ほんと?」


「はい。本当でございます」


「じゃあ、ずっといっしょだよ」


小さな手がぎゅっと強く握られる。


「……はい。これからも、ずっとお側に」


帰り道、夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。


結は片手にお菓子、もう片方の手で佐川を握る。


「はやくママにみせよー」


「はい。奥様もお喜びになりますね」


佐川の胸は静かに満たされていた。


(私はこの家に仕えて四年。……こんな気持ちになる日が来るとは)


風がやさしく吹く。


小さな手のぬくもりが、何よりも確かなものに思えた。


――この時間が、続きますように。


佐川の心は、穏やかな幸せでいっぱいだった。


挿絵(By みてみん)

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