結が見た花嫁
八月末。
都内の高級ホテルに併設されたチャペルは、
柔らかな自然光に包まれていた。
白い花々。
高い天井。
静かに響くオルガンの音。
参列者は、たった二人。
最前列に、結。
その隣に、上品なワンピースを纏った佐川。
結は小さな声で言う。
「さがわ、ママきれいかな」
佐川は微笑む。
「ええ、きっと世界で一番お綺麗ですよ」
「パパ、なくかな」
「……ふふ、どうでしょう」
チャペルの扉がゆっくりと開く。
先に入場したのは夫。
黒のタキシード。
凛とした表情。
だが胸の奥は、静かに高鳴っていた。
(ここまで来たな)
バージンロードの先で立つ。
深呼吸。
そして再び、扉が開く。
白い光の中から、妻が現れる。
購入したウェディングドレス。
何度も試着し、何度も相談し、決めた一着。
柔らかなレース。
背中に流れるベール。
首元には控えめなネックレス。
夫の視界が、ゆっくりと狭まる。
(……綺麗だ)
知っていた。
似合うと。
だが、想像を超えていた。
妻は少し照れたように視線を落とし、
それでも一歩一歩、ゆっくりと進む。
結が小さく手を振る。
「ママーーー!」
妻がくすっと笑う。
夫の前まで来て、並ぶ。
小さく囁く。
「……どう?」
夫は一瞬、言葉を失う。
そして低く言う。
「最高だ」
妻の頬が赤くなる。
「大げさ」
「本気だ」
神父が穏やかな声で始める。
「本日ここに、二人は神の御前にて――」
静かなチャペルに、言葉が響く。
「あなたは、この女性を妻とし、健やかなる時も、病める時も、生涯愛し続けることを誓いますか?」
夫は迷いなく言う。
「誓います」
声は低く、揺らがない。
神父は妻に向く。
「あなたは、この男性を夫とし――」
妻は少し緊張しながらも、はっきりと言う。
「誓います」
結が小声で佐川に言う。
「ママ、がんばってる」
「ええ、とても」
指輪の交換。
夫の指が、妻の左手に触れる。
細く、少し震えている。
「緊張しているのか」
小声で。
「してるわ」
「俺もだ」
妻が驚いたように目を上げる。
「あなたが?」
「当然だ」
指輪がはめられる。
今度は妻が夫の指へ。
少し不器用に、
でも丁寧に。
神父の声が続く。
「それでは、誓いのキスを」
静寂。
夫がゆっくりと妻のベールを上げる。
三ヶ月前、
想像していた瞬間。
目の前には、
八年を共にした妻。
少し照れた表情。
でも確かな愛情を宿した瞳。
「……逃げるなよ」
「逃げないわ」
小さく笑い合い、
夫はそっと唇を重ねる。
短く、優しく。
結がぱちぱちと拍手する。
「やったー!」
佐川も静かに手を叩く。
その目は、わずかに潤んでいた。
神父が言う。
「これにて、二人は夫婦であることをここに宣言いたします」
夫は妻の手を握る。
「……八年目だな」
「ええ」
「変わらないな」
妻が微笑む。
「何が?」
「俺の気持ち」
妻の目が柔らかく揺れる。
「……ありがとう」
結が走り寄ってくる。
「パパ!ママ!ゆいもぎゅーする!」
三人で抱き合う。
その様子を、少し離れた場所から見守る佐川。
夫がふと佐川を見る。
「佐川」
「はい」
「今日まで支えてくれて、ありがとう」
佐川は深く頭を下げる。
「こちらこそ、このような場に立ち会わせていただき……光栄です」
妻が言う。
「佐川も、家族よ」
その言葉に、佐川の喉がわずかに震える。
チャペルの扉が開き、
眩しい光が差し込む。
夫は妻の手を握り直す。
「後悔はないか」
「ないわ」
「俺もだ」
八年。
波もあった。
静かな日々もあった。
だが今、
確かに一つの節目。
夫は心の中で静かに思う。
(やっと、ちゃんと花嫁にできた)
妻がそっと言う。
「あなた」
「ん?」
「もう一度言って」
夫はわずかに笑う。
「愛している」
妻は少し照れながらも、はっきりと返す。
「私も」
結が元気よく叫ぶ。
「ゆいもー!」
笑い声がチャペルに響く。
八年目を迎える家族。
その絆は、
今日、もう一度、
確かに結び直された。




