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雨のち晴れ  作者: ありり
172/311

元夫と再会、これから①

二日後の休日。

空気は、静かだった。


玄関ホールに、佐川と相馬が立つ。


妻は少しやつれているが、もう取り乱してはいない。

口数は少ない。だが目は落ち着きを取り戻している。


「……佐川」


「はい、奥様」


「必要以上に、背負わないで」


短い言葉。だが重みがある。


佐川は深く一礼した。


「承知しております」


妻は一瞬、視線を伏せる。


「……あなたは戻ってきなさい。それだけ」


「必ず」


相馬も静かに頭を下げる。


「奥様、ご安心ください」


「相馬さん、よろしくお願いします」


妻は頭を下げる。


その奥で、夫が立っている。

何も言わない。ただ、視線だけで命じる。


――報告は即時に。


相馬はわずかに顎を引いた。


扉が閉まる。



タクシー車内


都心を抜け、空港へ向かう。


沈黙が続く。


やがて相馬が口を開いた。


「緊張されていますか」


「……少しだけ」


佐川は窓の外を見る。


「怖いというより……整理がついていない感じです」


相馬は静かに頷く。


「危険があれば、直ちに私の方で対応します」


「対応、ですか」


「ええ。処理します」


声音は穏やかだが、言葉は冷静だ。


佐川は苦笑する。


「相馬さんらしいですね」


「仕事ですから」


少し間。


「……それに」


相馬は続ける。


「あなたには、情がある」


佐川が視線を向ける。


「同い年。同じ独身。同じ主人に仕え」


淡々と並べる。


「学部は違いますが、同じ慶明大学出身」


佐川の口元がわずかに緩む。


「共通項、多いですね」


「ええ。自覚はあります」


「だから、ですか」


「はい」


相馬は前を向いたまま言う。


「私は社長にのみ忠誠を誓っています」


一拍。


「ですが、あなたにも心は許している」


佐川は少し驚いた顔をする。


「……それは、光栄ですね」


「公私を混同するつもりはありません」


「わかっています」


「ただ」


相馬は続ける。


「あなたが傷つくのは、見たくない」


その言葉は飾り気がない。


佐川はゆっくり息を吐く。


「ありがとうございます」



空港ロビー


搭乗手続きが終わる。


人混みの中で、二人は少し離れたベンチに座る。


佐川が小さく呟く。


「……もし、彼に会ったら」


相馬は横目で見る。


「どうするか、ですか」


「はい」


相馬は数秒、沈黙した。


「正直に申し上げますと」


「はい」


「まだ決めかねています」


佐川は意外そうに目を瞬く。


「即断しないんですね」


「状況を見ます」


「感情ではなく?」


「はい」


相馬は淡々と続ける。


「彼が謝罪を望むのか、金を望むのか、復縁を望むのか、ただ終わりを望むのか」


「……」


「それによって、対応は変わる」


佐川は静かに言う。


「もし、私が動揺したら?」


相馬は迷わず答える。


「私が前に出ます」


「強いですね」


「役目です」


少しだけ柔らかくなる。


「あなたは、社長にとって必要な人です」


「奥様にとっても」


佐川は目を伏せる。


「私は……この家に救われました」


「ええ」


「だから、迷惑はかけたくない」


相馬はきっぱりと言う。


「あなたが行くこと自体は迷惑ではない」


「……そうでしょうか」


「社長は理解した上で許可している」


少し低くなる。


「奥様を守るためでもある」


佐川はその意味を理解する。


「終わらせるため、ですね」


「はい」


搭乗案内が流れる。


立ち上がる二人。


佐川が小さく笑う。


「相馬さん」


「はい」


「心を許している、と言いましたね」


「ええ」


「私もです」


相馬は一瞬だけ驚き、すぐに表情を戻す。


「光栄です」


「無事に帰りましょう」


「必ず」


北海道行きのゲートへ向かう二人の背中は、並んでいるが、距離は適切だった。


仕事として。

だがそれ以上に、同志として。


北の空へ向かう機体が、静かに準備を始めていた。

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