妻の回想②
ハンバーグの焼ける音を聞きながら、私は静かに思い出す。
私は――ごく普通の会社員の娘だった。
特別裕福でもなく、けれど不自由もなかった。
堅実で真面目な父と、穏やかな母。
慎ましく、きちんと整えられた家庭。
勉強は、できるわけでもなく、できないわけでもなく。
通知表はいつも「普通」。
スポーツは苦手で、球技大会はできるだけ目立たない位置にいた。
友人関係も広くはなかった。
黒縁メガネをかけ、
「真面目そう」
それだけは、よく言われた。
自分でもそう思っていた。
私は真面目で、堅実で、目立たない。
大学に行くかどうかも、本気で悩んだわけではない。
「行ったほうがいいんじゃない?」
両親にそう言われ、なんとなく頷いた。
奨学金を借りて進学した。
夢があったわけじゃない。
なりたい職業があったわけでもない。
ただ、周りと同じように進んだだけ。
大学生活も、特別な出来事はなかった。
サークルに深く関わることもなく、
恋に落ちることもなく、
ただ授業に出て、アルバイトをして、単位を取り、卒業した。
そして――
安定していると言われる会社に就職した。
理由はただひとつ。
「安定しているから」
それだけだった。
仕事は淡々とこなした。
目立たず、失敗せず、波風を立てず。
上司に言われたことをきちんとやり、
残業も文句を言わず、
評価は悪くなかった。
お金はあまり使わなかった。
ときどき一人旅に出るくらい。
知らない土地を巡る。
それ以外は、貯金。
そして奨学金の返済。
恋をすることもなかった。
興味がなかったわけじゃない。
けれど、誰かに強く惹かれることも、
誰かに強く求められることもなかった。
それが私の人生なのだと思っていた。
大きな感情の起伏もなく、
劇的な出来事もなく、
ただ静かに年を重ねていく。
29歳のとき――
転機が訪れた。
新人教育を任されたのだ。
正直、面倒だと思った。
人に教えるのは得意ではない。
私は、自分の仕事を自分のペースでこなす方が楽だった。
けれど、断る理由もなかった。
「真面目だから大丈夫」
そう言われ、私は引き受けた。
そして。
彼が、配属されてきた。
それが――
夫との、最初の出会いだった。




