妻にウェディングドレスを①
リビングの壁に飾られた写真。
一ヶ月前、神社で撮った白無垢姿の妻。
綿帽子の下から覗く、あの穏やかな微笑み。
夫は腕を組み、じっとその写真を見つめていた。
「……やっぱり綺麗だな」
低く呟く。
ソファに寝転んでいた結が、ぴょこんと起き上がる。
「パパ、またみてるの?」
「ああ。どうだ、綺麗だろう」
「うん!きれい!」
夫は満足げに口元を緩める。
「うむ。……だがな、白無垢もいいが」
視線が少し鋭くなる。
「俺は、どうしてもウェディングドレスを着せたい」
「え? まっしろのふわふわの?」
「ああ。長いベールをつけてな。俺がこうやって……」
両手を上げ、ベールを持ち上げる仕草をする。
結は目を輝かせる。
「うわぁぁぁ!みたい!みたい!」
夫は内心でほくそ笑む。
(よし)
そこへ、紅茶を運んできたメイドの佐川が静かに口を開く。
「旦那様……以前、奥様はあまり乗り気ではありませんでしたよね」
夫は眉を寄せる。
「年齢だの体型だの、くだらんことを言ってな」
「奥様は繊細でいらっしゃいますから」
「俺は気にしていない。むしろ今の方がいい」
低く、真剣な声。
「41歳だろうが何だろうが、俺の妻だ」
結が手を挙げる。
「パパ!けっこんしきってなあに?」
夫は娘の前にしゃがむ。
「パパとママが、みんなの前で“夫婦です”って誓う日だ」
「やってないの?」
「やってない」
きっぱり。
「だから……」
再び写真を見る。
「ちゃんと式をあげたい。ドレス姿を見たい。俺の隣に立たせたい」
佐川が静かに言う。
「奥様は、ご自分の変化を気にしていらっしゃいます」
「変化?」
「出産も経験されましたし……」
夫は鼻で笑う。
「だから何だ」
少し声が荒い。
「結を産んだ証だろう。それを理由に遠慮する必要はない」
結がきょとんとする。
「ママ、ふとったの?」
「違う」
即答。
「今も綺麗だ」
佐川が微笑む。
「でしたら、旦那様。もう一度きちんとお伝えになってはいかがでしょう」
「前も言った」
「本気度が足りなかったのでは?」
夫は黙る。
確かに、軽く言っただけだった。
「……本気で頼めば、揺らぐかもしれんか」
「奥様は旦那様に弱いですから」
結がぴょんと跳ねる。
「ゆい、いう!ママ、ドレスきてーって!」
夫はニヤリとする。
「そうだ。お前からも言え」
「うん!おひめさまみたいっていう!」
佐川が控えめに釘を刺す。
「ですが、あまり追い詰めてはいけませんよ」
「追い詰める?」
「奥様は“若い花嫁”と比べてしまうのです」
夫は腕を組む。
「……誰と比べる必要がある」
ぽつりと。
「俺は、今のあいつがいい」
その声音は、先ほどよりずっと柔らかい。
「白無垢も綺麗だった。だがな……ドレスで並びたい。ちゃんと式をあげて、写真を残して」
少し間を置き、低く言う。
「俺が、あいつを花嫁にしたい」
結が目をぱちぱちさせる。
「もうママはおよめさんじゃないの?」
夫は笑う。
「今も俺の嫁だ」
「じゃあ、もういっかいおよめさんになればいいじゃん!」
無邪気な一言。
夫は目を細める。
「……そうだな」
佐川が静かにうなずく。
「奥様は今お買い物中です。帰宅なさったら、改めてお話を?」
夫は写真を見上げる。
白無垢姿の妻。
少し照れた微笑み。
(あの顔を、もう一度見たい)
「よし」
決意の声。
「帰ってきたら言う。今回は本気だ」
結が両手を上げる。
「ドレスー!けっこんしきー!」
佐川が小さく笑う。
「きっと、奥様は困った顔をなさいますね」
夫はふっと笑う。
「それでもいい」
そしてもう一度、写真に向かって呟く。
「覚悟しろ。お前を、もう一度花嫁にする」
リビングには、まだ妻のいない静かな午後の光が差し込んでいた。
だがその空気は、確実に次の展開を待っていた。




