表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨のち晴れ  作者: ありり
130/311

パパと登園

夜。

タワマン最上階のリビングは、静かな夜景に包まれていた。


結はソファの上でぴょんぴょん跳ねながら、夫にまとわりつく。


「ねぇパパ!」


「ん?」

書類から目を上げる夫。


「たまにはね、パパと幼稚園いきたい!」


一瞬、空気が止まる。


妻がワイングラスを置きながら柔らかく言う。

「パパはお仕事で忙しいでしょう?」


結はむくれ顔。


「でもぉ……みんなのパパ、来ることあるもん」


夫は少しだけ眉を動かす。

そして静かに言う。


「……明日の朝は用事がない」


妻が目を上げる。


「本当?」


「ああ。会議は午後からだ。送るくらいなら問題ない」


結の目が一瞬で輝く。


「ほんと!?ほんとに!?」


夫はクールな顔のまま、結の頭を撫でる。

「約束だ」


「やったーーー!!」


結は妻に飛びつく。


妻は微笑みながら夫を見る。

「じゃあ、お任せしますわ。久しぶりにパパの送迎ですね」


「任された」


その夜、結はなかなか寝なかった。


「はやくあしたにならないかなぁ……」


夫は小さく笑う。

(こんなに喜ぶのか……)



翌朝。


まだ朝日が昇りきらないうちから、結の声が響く。


「ママ!もうおきる!」


「まだ六時よ……」


だが今日は違う。


着替えも、歯磨きも、驚くほどスムーズ。


佐川が目を丸くする。


「お嬢様……今日はとてもお早いですね」


「だってパパといくんだもん!」


夫がスーツ姿で現れる。


「準備できたか?」


「できた!」


いつもは靴を履くのに時間がかかるのに、今日は完璧。


妻と佐川が玄関で見送る。


「お気をつけて」


「いってらっしゃいませ」


結は元気よく振り返る。


「いってきます!」


夫は結の手を取る。


エントランス前には運転手付きの高級車。


ドアが開く。


結はぺこりと頭を下げる。


「おはようございます!」


運転手がにこやかに返す。

「おはようございます、結お嬢様」


夫も乗り込もうとした瞬間。


結がじっと見る。


「……パパ?」


「?」


「ちゃんとあいさつ!」


夫は一瞬固まる。


運転手が笑いをこらえる。


夫は軽く咳払い。


「……おはよう。今日もよろしく頼む」


「かしこまりました」


結は満足げ。

「よし!」


車内。


外を見ながら結が話す。


「きょうね、えをかくの!」


「そうか」


「パパもがんばる?」


「もちろんだ」


少し真面目な声で夫が言う。


「先生の言うことはちゃんと聞くんだぞ」


「うん!」


「お友達にも優しくする」


「うん!」


「泣かない」


「……たぶん!」


夫は小さく笑う。


幼稚園に到着。


門の前で、相変わらずの視線。


「あのパパよね……」

「すごいわよね……」


声が飛ぶ。


夫は軽く会釈だけして、自然にかわす。


結を抱き上げる。


「重くなったな」


「えへへ」


門の前で降ろす。


結が真剣な顔になる。


「パパ」


「ん?」


小さな指を差し出す。


「きょうもがんばろうね」


夫は一瞬驚き、それから静かに微笑む。


「……ああ」


二人で指切り。


「ゆびきりげんまん!」


「嘘ついたら?」


「はりせんぼんのーます!」


結は笑顔で走っていく。


「いってきまーす!」


夫はその背中を見送る。


胸の奥が、じんわり温かい。


(……元気をもらうのは、いつも俺のほうだな)


空を見上げる。


今日も青い。


「よし」


スーツの襟を整える。


「俺も、頑張るか」


高級車に乗り込みながら、静かに思う。


娘の小さな約束が、

何よりのエネルギーなのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ