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雨のち晴れ  作者: ありり
129/311

愛と所有の境界線⑦

夜は、静かに深まっていった。


窓の外には月明かりの海。

室内には、重なり合う呼吸。


言葉よりも確かな温もりで、二人は互いの存在を確かめ合った。


夫の手が、妻の髪を撫でる。


「……愛している」


低く、迷いのない声。


妻はその胸に頬を寄せたまま、そっと答える。


「はい。私も、愛しています」


強く抱きしめる腕。


独占ではなく、誓いのように。


その夜、二人は同じ鼓動の中で眠りについた。



翌朝。


カーテン越しに柔らかな光が差し込む。


海は穏やかで、昨夜とは違う表情を見せていた。


妻が目を覚ますと、隣で夫が静かに窓の外を見ている。


「……おはようございます」


「起きたか」


妻は微笑む。


「よく眠れました」


「そうか」


少しの沈黙。


だが、気まずさはない。


満たされた静けさ。


朝食会場。


海を望むテラス席で、二人は並んで座る。


「クロワッサン、温かい……」


「ゆっくり食べろ」


「今日は急ぐ予定はないんですよね?」


「ああ」


コーヒーを口に運びながら、夫が言う。


「帰る前に、水族館にでも行くか」


妻の目がぱっと輝く。


「水族館?」


「この近くにある」


「行きたいわ」


素直な反応。


夫は小さくうなずく。


「じゃあ、決まりだ」


「ありがとうございます。……まるで本当にデートね」


「昨日も言っただろう。デートだ」


妻は嬉しそうに笑う。




水族館。


大きな水槽の前で、二人は並んで立つ。


青い光に包まれ、魚たちがゆったりと泳いでいる。


妻が小さく息をのむ。


「綺麗……」


ジンベエザメが悠然と横切る。


クラゲがふわりと浮かぶ。


夫は妻の肩に自然と腕を回した。


拒まない。


むしろ、妻は少しだけ身を預ける。


「結がいたら、はしゃぎますね」


「ああ。次は三人で来るか」


「はい。でも……」


妻が少しだけ見上げる。


「こういう時間も、大切ね」


夫はゆっくりとうなずく。


「二人だけの時間も、作ろう」


言葉にする。


「結が大きくなっても」


「……はい」


「月に一度でもいい」


「嬉しい」


水槽の光が、二人の横顔を照らす。


穏やかで、静かな約束。




帰り道。


売店で足を止める。


「これ、結が好きそう」


妻が手に取ったのは、ふわふわのペンギンのぬいぐるみ。


夫が値札を見る。


「それにしろ」


「あと、お菓子も少し」


「佐川にも何か買っていくか」


妻が微笑む。


「ええ」


二人で選ぶお茶菓子。


自然な連帯感。



夕方。


自宅の玄関が開く。


「ただいま」


「おかえりなさーい!」


結が全力で走ってくる。


そのまま、夫と妻に同時に飛び込む。


「パパ!ママ!」


夫はしゃがみ込み、受け止める。


妻も抱きしめる。


「いい子にしてたか」


「うん!さがわといっぱいあそんだ!」


後ろで佐川が一礼する。


「大変お利口でございました」


妻が笑顔で言う。


「ありがとう、佐川」


「いえ」


結がふと気づく。


「それ、なに?」


「お土産よ」


ペンギンを差し出すと、結の目がきらきらと輝く。


「かわいいー!」


「あとね、お菓子も」


「やったー!」


夫はその光景を見つめる。


穏やかな家。


笑顔の妻。


無邪気な娘。


そして、それを支える佐川。


「楽しかった?」


結が尋ねる。


妻は一瞬夫を見る。


そして微笑む。


「うん。とっても」


夫も短く答える。


「ああ」


結が満足そうにうなずく。


「つぎは、ゆいもいく!」


「もちろんだ」


笑い声が広がる。


その中心で、夫は静かに思う。


守るだけではない。


選ばれ、選び続ける。


この形で。


この家で。


穏やかな夜が、また静かに始まろうとしていた。


挿絵(By みてみん)

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