俺の隣は、お前だけ⑥
幼稚園の門が閉まり、結の小さな背中が園庭へ消えていく。
夫は腕を組み、少し目を細めた。
「……大きくなったな」
妻が隣で微笑む。
「この前まで抱っこしていましたのにね」
「手を離しても、ちゃんと前を向いて歩いてる」
「寂しいですか?」
「少しな」
妻はくすっと笑う。
「でも、ああやって振り返って手を振ってくれるうちは大丈夫ですよ」
周囲の視線が自然と二人に集まる。
今日は二人ともラフな格好。
夫はシンプルなシャツにパンツ。
妻は黒のニットにジーンズ。
それでも、並んだ姿は目を引く。
若い母親たちの小さなざわめき。
「……見られてるわね」
妻が小声で言う。
「気にするな」
「あなたはね」
「俺はお前しか見てない」
さらりと言う。
妻は軽く肘でつつく。
「そういうところよ」
「何がだ?」
「無自覚」
夫は笑う。
「行くか。公園」
「ええ」
少し歩くだけで、小さな公園に着く。
ベンチに並んで座る。
朝の空気はやわらかい。
「こうやって二人で座るの、久しぶりね」
「だな」
「何年ぶりかしら」
「覚えてない」
「ひどい」
「でも、悪くない」
静かな時間。
風が木の葉を揺らす。
夫がふと立ち上がる。
「よし、買い物に行くか」
「もう?」
「オムライスだろ」
「覚えてたのね」
「卵は俺が割る」
「不安だわ」
二人で笑いながらスーパーへ。
店内に入ると、夫は自然にカゴを手に取る。
「持つ」
「いいですよ」
「今日は俺の役目だ」
妻は少し嬉しそうに頷く。
「じゃあ、鶏肉お願い」
「了解」
「玉ねぎも」
「はいはい」
「ケチャップ足りるかしら」
「昨日少なかったな」
「見てたの?」
「ちゃんと見てる」
卵売り場で。
「何個入り?」
「六個でいいわ」
「足りるか?」
「二人分だから大丈夫です」
会計を済ませると、夫が袋を持つ。
「重いぞ」
「大丈夫です」
「俺が持つ」
自然なやり取り。
妻はその横顔を見つめる。
「あなた、こういうの似合うわね」
「主夫か?」
「ちょっと」
「悪くないな」
帰宅。
キッチンに並ぶ二人。
「玉ねぎみじん切りお願いします」
「涙出るやつか」
「我慢して」
夫は包丁を握る。
「こうか?」
「もう少し細かく」
「細かいな」
「雑よ」
「厳しいな」
フライパンの音。
「混ぜて」
「はい」
「卵流しますよ」
「緊張するな」
「大げさ」
二人でくすくす笑いながら、オムライス完成。
テーブルに並ぶ。
「いただきます」
「うまい」
夫が即答。
「ほんと?」
「今までで一番かもな」
「それは嘘」
「いや、本気だ」
穏やかな昼食。
時計を見ると、もう午後。
「早いわね」
「あっという間だ」
「そろそろ迎えに行きますか?」
「ああ」
再び幼稚園へ。
門の前で待つ二人。
「今日、楽しかったな」
夫がぽつりと言う。
「ええ」
「何も特別じゃないのに」
「それがいいのよ」
門が開く。
「パパー! ママー!」
結が駆けてくる。
「今日ね! みおちゃんに言ったの!」
「何をだ?」
「パパとママ、ずっと一緒だったって!」
妻と夫は顔を見合わせる。
「そうか」
「うらやましがってたよ!」
夫は結を抱き上げる。
「それはよかった」
妻はその様子を見て微笑む。
「帰ろうか」
三人並んで歩く帰り道。
手をつなぐ温もり。
特別な場所にも行かず、
高価なものも買わず、
ただ一日を一緒に過ごした。
それだけで。
夫がふと呟く。
「こういう日、増やそう」
妻は優しく頷く。
「ええ」
結は両手を強く握りしめる。
「あしたも?」
二人は同時に笑った。
「また今度な」




