俺の隣は、お前だけ⑤
翌朝。
カーテンの隙間から、やわらかな朝日が差し込む。
キッチンからはコーヒーの香り。
珍しく、夫がエプロン姿で立っている。
「……あなた?」
寝室から出てきた妻が目を丸くする。
「起こそうと思ったが、少し寝かせておいた」
「いつ起きたの?」
「五時半」
「早いですね……」
「今日は特別な日だからな」
そう言って微笑む。
その時、廊下から小さな足音。
「ママー?」
結が眠そうな顔で現れる。
夫がしゃがみこむ。
「おはよう、結」
「……あれ? パパいる」
「今日はな」
妻も隣に来る。
「結、今日はね」
「うん?」
「パパとママ、二人で幼稚園に送るの」
一瞬、間。
「えぇぇぇ!?」
結の目が一気に覚める。
「ほんと!?」
「ああ」
「やったー!!」
ぴょんぴょん跳ねる。
「車で行くの? パパのかっこいい車?」
夫は少し考えて、
「いや」
「え?」
「三人で歩こう」
「あるくの!?」
「天気もいい。散歩しながら行こう」
結は一瞬考え、そして大きな笑顔。
「やったぁぁぁ!!」
妻も笑う。
「遠回りして公園の前を通る?」
「うん!」
朝食を囲みながらも、結はそわそわしている。
「まだ? まだ行く?」
「制服ちゃんと着てからな」
「はーい!」
身支度を終えた結は、鏡の前でくるっと回る。
「どう?」
「かわいい」
夫と妻が同時に言う。
結は得意げ。
玄関。
メイドの佐川が控えている。
「本日はお送りされるのですね」
「ああ」
夫は小さな封筒を差し出す。
「佐川」
「はい」
「今日は昼は外で食べてこい」
「……?」
「羽を伸ばしてこい」
佐川は一瞬だけ、夫と妻を見比べる。
状況を、なんとなく理解する。
(ご家族の時間……ですね)
静かに頭を下げる。
「お気遣い、ありがとうございます」
妻が少し照れながら言う。
「今日は二人で少しゆっくりするの」
「ええ。どうぞごゆっくり」
佐川は柔らかく微笑む。
「結お嬢様様、いってらっしゃいませ」
「いってきまーす!」
玄関のドアが開く。
朝の澄んだ空気。
「手、つなぐ?」
妻が言う。
結は両手を広げる。
「パパとママ!」
夫は片手で結、もう片手で妻の手を取る。
三人並んで歩き出す。
「ねえ、パパ」
「なんだ?」
「きょうね、みおちゃんに自慢する」
「何をだ?」
「パパとママがいっしょって!」
妻は笑う。
「自慢になるの?」
「なるよ!」
夫は静かに周囲を見渡す。
朝の街。
通学の親子。
犬の散歩。
特別なことは何もない。
それでも。
「結」
「なあに?」
「今日は楽しい日になるぞ」
「もうたのしい!」
幼稚園が見えてくる。
門の前で、結は二人を見上げる。
「いっしょに来てくれてありがとう」
夫はしゃがみ、目線を合わせる。
「こちらこそだ」
妻も優しく頬に触れる。
「がんばってね」
「うん!」
結は嬉しそうに駆け出し、振り返る。
「ばいばーい!」
三人で来た登園。
その小さな背中は、いつもより誇らしげだった。
門が閉まり、夫と妻は並んで立つ。
「……歩いてよかったな」
夫が言う。
妻は小さく頷く。
「ええ」
朝の光の中。
二人は、寄り添い静かに次の時間へ歩き出した。




