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雨のち晴れ  作者: ありり
118/311

俺の隣は、お前だけ③

夜。


結はすでに眠り、佐川の部屋の灯りも消えている。


リビングの大きな窓の前。

妻は夜景を見つめながら、そっと息を吐いた。


「……はぁ」


その背中を、少し離れた場所から夫が見ている。


(今日のことだな)


結から、すべて聞いている。


妻は知らない、

夫が知っていることを。


夫は静かに近づく。


「どうした?」


妻は少し肩を揺らし、振り向く。


「あら、まだ仕事してると思ってました」


「終わった」


夫は自然に隣へ立つ。


「ため息が聞こえた」


「……そんなに大きかったですか?」


「俺にはな」


少し沈黙。


夜景が静かに瞬く。


妻は視線を落とす。


「ねえ」


「ん?」


「私……四十一になったでしょう?」


「そうだな」


「あなたは十一月まで三十四」


「七歳差だ」


妻は苦笑する。


「六歳でも少し気になるのに、七歳って……なんだか急に現実味が出てきました」


「何がだ?」


「釣り合わないんじゃないかって」


夫は何も言わない。


妻は続ける。


「結の同級生のお母さんたち、二十代半ばの人もいるんですよ」


「……」


「今日もね、若いお母さんに会って。肌も綺麗で、細くて、華やかで」


夫の目が静かに細くなる。


妻は気づかない。


「私は落ち着いてるって言われたわ」


少し笑う。


「遠回しですよね」


「……気にしたのか」


「少しだけ」


正直な声。


「最近、体型も変わってきたし。前みたいに何でも似合うわけじゃないですし」


自分の腕を見下ろす。


「あなたの隣を、私が歩いていいのかなって」


その言葉に、夫の表情が変わる。


静かに、しかし強く。


「何を言ってる」


低い声。


妻は少し驚く。


「だって……」


「俺が選んだ」


はっきりと。


「俺が隣に立ってほしいと望んだのは、お前だ」


「……でも」


「年齢?」


夫は一歩近づく。


「十歳離れていようが、二十歳離れていようが関係ない」


妻の顎に指を添え、そっと上を向かせる。


「俺はお前を愛している」


真っ直ぐな視線。


「二十代の頃より、今のほうが綺麗だ」


「……それは言い過ぎです」


「本気だ」


妻は目を逸らす。


「若い母親がどう見ようと関係ない」


夫の声が少し低くなる。


「お前は俺の妻だ。それ以上でもそれ以下でもない」


しばらく沈黙。


妻は小さく笑う。


「あなたは本当に気にしないのね」


「気にする理由がない」


「もし私が五十になっても?」


「隣にいる」


「六十でも?」


「当たり前だ」


妻は目を潤ませる。


「……ありがとう」


夫はそのまま抱き寄せる。


「今日、何を言われた?」


妻は一瞬だけ迷う。


「大したことじゃないわ」


「具体的に」


少しだけ強い声。


妻は観念する。


「お手伝いさんだと思われたの」


夫の瞳が冷たくなる。


「……」


「落ち着いてるからって。結のお母さんにしてはって」


夫の腕が僅かに強くなる。


妻は気づかない。


「でもね」


妻は続ける。


「結がね、悲しい?って聞いてくれたの」


夫の表情がほんの少し緩む。


「私はね、結とあなたがいるから気にしないって言いました」


夫は心の中で呟く。


(……強いな)


結が自分に話してくれたことも。

妻が本当は少し傷ついていたことも。


全部、知っている。


「お前は俺の誇りだ」


「大げさです」


「本気だ」


夫は額を寄せる。


「二十代に戻りたいか?」


妻は少し考えて、


「……今のほうがいいかな」


「だろう」


「あなたと結がいます」


夫は小さく息を吐く。


(誰が何を言おうと)


(傷つけたら許さない)


表情には出さない。


ただ穏やかに。


「明日、どこか出かけるか?」


「どうして?」


「俺の隣を歩いてもらう」


妻は少し照れる。


「変な人」


「自慢したいだけだ」


妻は笑う。


その笑顔を見て、夫は確信する。


(守る)


年齢も、視線も、言葉も。


すべてから。


妻は何も知らない。


結がこっそり報告したことも。

夫が内心、静かに怒りを抱いたことも。


ただ、夜景の光の中で。


夫の胸に顔を預ける。


そして夫は、もう一度だけ囁く。

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