俺の隣は、お前だけ② 〜同級生の母親の胸の内〜
――同級生の母親の気持ち。
夕方、自宅のキッチン。
エプロンを外しながら、彼女はふと昼間の光景を思い出していた。
(……なんなの、あの人)
結の母。
ラフなニットにジーンズ。
高級ブランドをこれ見よがしに持つわけでもなく、控えめなバッグ。
でもどこか、余裕があった。
(あれで四十前後よね……)
正直、最初は本気で“お手伝いさん”だと思った。
落ち着いていて、静かで、主張しない。
若い母親たちみたいに、ブランドバッグをぶら下げて群れるわけでもない。
でも違った。
“母です”と、静かに言った。
あの声。
(余裕、あるのよね)
自分は二十代半ば。
若いし、肌も綺麗だし、体型も崩れていない。
それなのに。
(どうしてあんなに……堂々としてるの)
そして、何より。
(あのタワマンの最上階)
知っている。
あの一家がとんでもなく裕福なことを。
夫は若いのに成功者。
高級車。
専属メイド。
(ずるい)
口に出せない本音。
(歳も上。特別、美人ってわけでもない)
華やかさはない。
モデルみたいな派手さもない。
なのに。
(なんであの人なの?)
若い夫。
しかもあんなに整った顔立ち。
自分の夫は同年代。
優しいけど、普通。
あの人は年下の成功者を捕まえている。
(どうやって?)
心の奥がざわつく。
“落ち着いてますよね”
あれは嫌味だった。
わざと。
“結ちゃんのお母さんにしては”
あれも。
本当は言いたかった。
“若くないですよね?”
“釣り合ってないですよね?”
でも、直接は言えなかった。
あの人は、怒らなかった。
傷ついた顔もしなかった。
ただ、微笑んで。
(あの顔)
余裕。
自分が焦っているみたいで、惨めだった。
(私は若いのに)
若さしか武器がない。
でも若さは、いずれ失われる。
あの人は違う。
年齢を重ねているのに、揺らがない。
(悔しい)
お金もある。
家族も仲良さそう。
娘も素直。
そして、あの夫。
(きっと、あの人を愛してる)
それが一番、悔しい。
若さで勝てると思った。
でも、勝てない。
“ママには結とパパがいるから”
結の声が耳に残る。
(大事にされてるのね)
羨ましい。
ただ、それだけなのかもしれない。
嫉妬。
自分でも認めたくない感情。
若いのに焦っている自分。
四十前後、穏やかに立っているあの人。
(なんで、あんなに落ち着いてるのよ)
自分の中の小さな不安が、彼女を攻撃的にさせた。
本当は。
ただ羨ましかった。
年齢じゃない。
美貌でもない。
“選ばれている”という確信。
それを持っている女性への、嫉妬だった。




