表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨のち晴れ  作者: ありり
116/311

俺の隣は、お前だけ①

平日の午後。


青空の下、結はママの手をぎゅっと握っていた。


「ママ、今日はなににするのー?」


「うーん……今日はカレーライスにしようかな」


「やったぁぁぁ!」

結はぴょんと跳ねる。「結、じゃがいも洗うの手伝う!」


妻はくすっと笑った。

「ありがとう。でも今日はママがやるから、結は応援団ね」


スーパーの中。

ラフなニットにジーンズ、控えめなショルダーバッグ。

買い物カゴには人参、玉ねぎ、じゃがいも、牛肉、ルウ。


「ママ、お菓子……」


「ひとつだけね」


「ほんと!? じゃあこれ!」

結は小さなクッキーを選ぶ。


「約束守れる?」


「うんっ!」


レジを済ませ、袋いっぱいの食材をエコバッグに詰める。


「カレーたのしみだねぇ」

結はにこにこ。


「ふふ、たくさん食べてね」


その帰り道。


「あ、結ちゃーん!」


同じ幼稚園の女の子と、その母親。


結は嬉しそうに手を振る。

「みおちゃん!」


妻は軽く会釈する。


母親は一瞬、妻を上から下まで見た。


「お買い物帰りですか?」


「ええ、夕飯の材料を」


「へぇ。落ち着いてますよね。……お手伝いさん、ですか?」


一瞬、空気が止まる。


結はきょとん。


妻は穏やかな表情のまま。


「いいえ、母です」


「え? あら、そうなんですか。てっきり……」

少し笑って、

「なんだか上品で落ち着いていらっしゃるから。……結ちゃんのお母さんにしては」


微妙な沈黙。


「若いママさんも多いですものね。うちはまだ二十代なので」


ぎりぎりの、年齢を匂わせる言い方。


結は小さく眉を寄せた。


妻はただ柔らかく微笑む。


「そうなんですね。素敵ですね」


それだけ言って、


「結、帰ろうか」


手を握り直す。


「うん」


歩き出してから、結が小さな声で聞いた。


「ママ……さみしかった?」


妻は少しだけ空を見上げる。


「ううん」


「ほんと?」


「ママにはね、結とパパがいるから」


優しく頭を撫でる。


「それだけで十分なの」


結はしばらく考えて、


「……そっか」


小さく笑った。


その夜。


カレーはとても美味しかった。

夫も「うまい」と何度も言い、結はおかわりをした。


寝る前。


妻がお風呂に入っている間。


結はそっと夫の書斎へ。


「パパ……」


「ん? どうした?」


小さな声。


「ね、きょうね……ママね……」


夫はすぐに椅子を回し、真剣な顔になる。


「何かあったのか?」


結は昼間の出来事を全部話した。


同級生の母親にお手伝いさんだと間違われたこと。

年齢のことを言われたこと。

ママが笑ってたけど、少しだけ静かだったこと。


「ママ、さみしくないって言ってたけど……」


結は俯く。


「ほんとかなって」


夫の目が、静かに変わる。


「……そうか」


低く、抑えた声。


「結はどう思った?」


「ちょっと、やだった」


「そうか」


夫は結を膝に乗せる。


「ママはね、強い人だ」


「うん」


「でも強い人も、たまには守ってあげなきゃいけない」


結はこくんと頷く。


「パパ、守る?」


夫は微笑む。


「もちろん」


少し目を細めて、


「でもな、ママには内緒だぞ?」


「うん!」


「ママは気にしてないって言ったんだろ?」


「うん」


「じゃあ、俺たちはいつも通りでいい」


結は安心したように笑う。


「パパ、ママのこと、すき?」


夫は即答した。


「世界で一番な」


「年とっても?」


「何十年経っても」


「おばあちゃんになっても?」


「俺の隣にいる限り、世界一だ」


結は満足そうに頷いた。


「じゃあ、だいじょうぶだね」


夫は小さな背中を抱きしめる。


「だいじょうぶだ」


風呂場から水の音。


夫は静かに目を閉じる。


(……誰が何を言おうと)


(あいつは俺の妻だ)


(俺が選んだ、唯一の人だ)


結を下ろし、


「さあ、寝ようか」


「うん!」


廊下を歩く小さな背中を見ながら、夫は静かに誓う。


——守る。


誰よりも。


妻には内緒で。


その夜、夫はいつもより少しだけ優しく妻の肩を抱いた。


妻は何も知らず、ただ穏やかに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ