将来の夢
休日の午後。
雲ひとつない青空の下、公園は家族連れでにぎわっていた。
滑り台を何度も滑り、鬼ごっこをして、最後は思いきりブランコを漕いだ結は、さすがに少し疲れたのか、夫の手を引いてベンチへ向かった。
「パパ、のどかわいたぁ」
「ああ。ちょうど俺も休憩したかったところだ」
低く落ち着いた声でそう言いながら、夫はベンチに腰を下ろす。
結は隣にちょこんと座り、小さな足をぶらぶらさせる。
夫はブラックコーヒーの缶を、結には赤いジュースの缶を手渡した。
「はい、結の分」
「ありがとう、パパ!」
プシュッと小気味いい音がして、二人同時に飲み始める。
結はごくごくと勢いよく飲んで、ふぅっと満足げに息を吐いた。
「……おいしいねぇ」
「そうだな。いっぱい遊んだあとの一口は、格別だ」
夫は空を見上げながら静かに言う。
横顔はいつも通りクールで、どこか余裕がある。
結は父の顔を見上げる。
「パパ、いっぱい走ったね!」
「結が速いからな。追いつくのが大変だった」
「えへへ、結つよい?」
「ああ、強い。もうすぐパパを抜かすかもしれないな」
「ほんと!?」
目をきらきらさせる結。
夫は小さく笑った。
しばらく風に吹かれながら静かな時間が流れる。
ふと、夫は何気なく口を開いた。
「なあ、結」
「なぁに?」
「結はさ、大きくなったら何になりたいんだ?」
言った瞬間、夫は「あ……」と小さく眉を動かす。
「……いや、まだ早いか。こんなの聞くの」
苦笑まじりにコーヒーを口に運ぶ。
しかし結は一瞬も迷わなかった。
「パパのおよめさん!」
ブッ――――
夫は思わずコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて飲み込む。
「げほっ……!」
「パパ!? だいじょうぶ!?」
「……だ、大丈夫だ」
耳まで少し赤くなりながらも、必死に平静を装う。
「い、いま……なんて言った?」
「だから、パパのおよめさん!」
満面の笑みで、何の疑いもなく言う結。
夫は額に手を当てる。
「そ、そうか……。それは……また、ずいぶん壮大な目標だな」
「そう?」
「どうして、パパのお嫁さんなんだ?」
なるべく冷静に、しかし内心は大混乱のまま尋ねる。
結は首をかしげながら、真剣に答える。
「だってね、パパはね、」
小さな手で夫の袖をぎゅっと掴む。
「パパ、つよいし、やさしいし、かっこいいし、いっぱいあそんでくれるし……」
「……」
「結がころんだとき、すぐだっこしてくれるでしょ?」
「……ああ」
「ママのことも、だいすきでしょ?」
その言葉に、夫は一瞬だけ目を細める。
「……ああ。それは、間違いない」
「だからね、パパみたいなひとがいいの。でも、パパよりいいひとっていないでしょ?」
無邪気な理屈。
夫は思わず小さく笑う。
「……それは、困ったな」
「なんで?」
「パパはもう、ママのお嫁さん……じゃない、旦那さんだからな」
「えー!」
結はほっぺをふくらませる。
「ずるい!」
「ずるくない」
「じゃあ、結はどうすればいいの?」
真剣そのものの顔。
夫は少し考え、優しく言う。
「結が大きくなったらな、パパみたいな人を探すんだ」
「パパみたい?」
「ああ。結を大事にして、守ってくれて、笑わせてくれる人」
「でも、パパがいちばんだよ?」
胸がきゅっとなる。
夫は結の頭を優しく撫でる。
「……ありがとうな」
少し低く、柔らかい声。
「でもな、結はもっと素敵な人に出会える」
「ほんと?」
「パパより、もっとすごい人かもしれない」
「そんなひといる?」
「……いるさ。結は特別だからな」
結はしばらく考えてから、小さくうなずく。
「じゃあね、」
「うん?」
「パパみたいなひと、さがす。でも、」
夫を見上げて、にこっと笑う。
「ずっとパパのこともすきでいていい?」
一瞬、胸の奥がじんわり熱くなる。
「……当たり前だ」
夫は静かに言う。
「それは、一生変わらない」
結は安心したようにまたジュースを飲む。
「よかったぁ」
風が二人の間を通り抜ける。
夫は空になりかけたコーヒーを見つめながら、ぽつりと呟く。
「……まったく。油断も隙もないな」
「なにが?」
「いや、なんでもない」
小さな手が、そっと夫の手に重なる。
「パパ、だいすき」
その言葉に、夫は今度こそ完全に観念したように笑った。
「……俺もだよ、結」
青空の下、ベンチに並ぶ二人の影が、少しだけ近づいた。




