ミステリーツアー⑦
翌朝。
カーテン越しに差し込む光がやわらかい。
窓の外は、昨日と同じく雲一つない青空。
「……いい天気」
妻がベッドから身を起こす。
隣では、結がすでに目を覚ましていた。
「ママ! きょうもおほしさまある?」
「星は夜だから、夜になればね」
「じゃあ、きょうはなにするの!?」
夫がカーテンを開ける。
澄み切った高原の空気が部屋に流れ込む。
「丸一日ある」
「ほんと!?」
「ああ。もう一泊する」
結が跳ねる。
「やったーーー!」
妻が驚く。
「え、今日帰らないのですか?」
「予定通りだ」
「もう……」
だが、その顔は嬉しそうだ。
「今日は近くの牧場に行く」
「ぼくじょう!?」
「牛や馬がいる」
「ほんもの!?」
「本物だ」
朝食を済ませ、三人は車で牧場へ向かう。
広い草原。遠くに連なる山。
のんびり草を食む牛。
結が小さく息をのむ。
「……おおきい……」
「近くで見ると迫力あるな」
最初は夫の後ろに隠れる結。
「ちょっとこわい……」
妻がしゃがんで目線を合わせる。
「大丈夫。優しいよ」
係の人がにこやかに言う。
「触ってみますか?」
結が夫を見る。
「……パパ」
「俺がいる」
その一言で、結はそっと前に出る。
恐る恐る、牛の背中に手を伸ばす。
「……あったかい」
「そうだな」
「ふわふわじゃない」
妻が笑う。
「毛はちょっと固いわね」
やがて馬のエリアへ。
「おうまさん……」
今度は目が輝いている。
「かっこいい!」
少しずつ慣れ、結は積極的になる。
「もういっかいさわる!」
「調子に乗るな」
「だいじょうぶ!」
係の人が声をかける。
「ポニー、乗ってみますか?」
結の目が一瞬で丸くなる。
「のりたい!」
夫と妻が顔を見合わせる。
「どうする?」
「挑戦してみるか」
「怖くない?」
結は胸を張る。
「へいき!」
ヘルメットを被り、係の人に支えられながらポニーにまたがる。
少し緊張した表情。
「パパ……」
「落ちない。前を見ろ」
「ママ……」
「かっこいいよ、結」
ゆっくり歩き出すポニー。
最初は固まっていた結の顔が、次第に笑顔に変わる。
「うごいてる! うごいてる!」
「当然だ」
「たのしいーーー!」
草原をゆっくり一周。
夫婦は並んで見守る。
妻が小さく言う。
「大きくなりましたね」
「ああ」
「ついこの前まで、抱っこばかりだったのに」
「時間は早い」
ポニーに揺られながら、結が叫ぶ。
「パパー! ママー!」
二人が手を振る。
その穏やかな光景の中で、夫がぽつりと口を開く。
「……少し先の話だが」
「なに?」
「俺の誕生日」
「11月ね」
「ああ」
「なにか欲しいものあるの?」
夫は少し空を見上げてから言う。
「お前が一人旅していた場所に行きたい」
妻が驚く。
「……え?」
「星を見た場所」
「長野?」
「そこでもいい。他にもあるんだろう」
妻は少し戸惑い、そして笑う。
「どうしたんです、急に」
「知りたいだけだ」
「私の過去を?」
「今の俺は知らないからな」
妻は柔らかい目で夫を見る。
「じゃあ……」
少し考えてから、にやりとする。
「今度は私がミステリーツアーを計画します」
「ほう」
「行き先は秘密」
「俺にも?」
「もちろん」
「ヒントは」
「なし」
夫がわずかに笑う。
「徹底しているな」
「あなたに教わったの」
「そうか」
その時。
「パパーーー!」
ポニーを降りた結が走ってくる。
「たのしかった!!」
「顔が誇らしいな」
「すごかったよ! ぜんぜんこわくなかった!」
妻が抱きしめる。
「すごいね、結」
「つぎはおおきいおうまさん!」
「それはもう少し先だ」
「えー!」
結が突然二人の顔を交互に見る。
「パパ、ママ、なにしゃべってたの?」
妻が微笑む。
「秘密の計画」
「また!?」
夫が結の頭を撫でる。
「ミステリーは家族の伝統だ」
「わたしもやる!」
「まずは身長を伸ばせ」
「うー!」
三人で笑う。
青空の下、草原の風が吹き抜ける。
妻がそっと言う。
「あなたの誕生日、任せて」
「期待している」
「後悔しても知らないわよ?」
「しない」
結が両手を広げる。
「つぎもりょこう!?」
「次はママ主催だ」
「ママのミステリー!」
「そうよ」
結がくるくる回る。
「たのしみいっぱい!」
夫はその姿を見つめながら思う。
星の夜も。
牧場の朝も。
そして、まだ見ぬ11月の旅も。
時間は進む。
だが——
こうして並んで笑える限り、
どんな場所でも、きっと特別になる。
青空の下、三人の笑い声が広がった。




