ミステリーツアー⑤
夜。
木の温もりに包まれた宿の食事処での夕食は、ゆったりとした時間だった。
地元の野菜、川魚、丁寧に仕立てられた料理。
「美味しい……」
妻がしみじみと言う。
「山の味だな」
結は頬をいっぱいにしている。
「おさかな、ふわふわ!」
「ちゃんと噛め」
「はーい!」
食事を終え、部屋に戻る途中。
宿のスタッフが微笑んで言う。
「本日は雲一つありません。絶好の星空日和ですよ」
妻が足を止める。
「星空……?」
夫は静かに言う。
「外に出るぞ」
「え、今?」
「上着を持て」
結が跳ねる。
「おほしさま!?」
宿の庭へ出る。
外灯は最小限。周囲は静かな闇。
そして——
夜空。
満天の星。
息をのむほどの、圧倒的な光。
妻が立ち尽くす。
「……え……」
声が、出ない。
空一面に広がる無数の星。
手を伸ばせば届きそうなほど、近い。
「……すごい……」
かすれた声。
結が両手を広げる。
「うわああああ!! いっぱい!! きらきら!!」
「走るな、転ぶぞ」
「だってすごい!」
妻の目に、うっすらと涙が滲む。
「……こんな星空、久しぶり……」
夫は隣に立つ。
「覚えているか」
妻がゆっくり頷く。
「……長野で見た星……若い頃……」
「忘れられないと言っていたな」
妻が驚いたように夫を見る。
「……知ってたの?」
「まあな」
静かな声。
確かな想い。
「ここは……」
「長野だ」
結が振り向く。
「ながの!?」
「ママが好きな星の場所だ」
妻の頬に一筋、涙が落ちる。
「……あなた……」
「母の日と誕生日だ。今年は重なっている」
「だから……?」
「もう一度、見せたかった」
夜空を見上げる妻。
「……ありがとう……」
結がぴょんと跳ねる。
「ママ! おほしさま、すごいね!」
「うん……すごいね……」
しばらく三人で黙って星を見上げる。
やがて、少し落ち着いた頃。
夫が静かに言う。
「結」
「うん?」
「今だ」
結がにこっと笑う。
「はーい!」
夫は部屋から持ってきた黒いレザーバッグを開ける。
中から小さな箱と、鮮やかなカーネーション。
結が両手で花を持つ。
「ママ!」
妻が振り向く。
「え?」
夫が低く言う。
「誕生日、おめでとう。そして、母の日だ」
結が前に出る。
「ママ、いつもありがとう!」
小さな手が差し出す、赤いカーネーション。
妻の目が大きくなる。
「……結……」
次に、夫が箱を差し出す。
「開けろ」
「……なに?」
「いいから」
そっと箱を開ける。
中には、繊細に輝くブレスレット。
星を思わせる小さな石が連なっている。
「……きれい……」
声が震える。
結が得意げに言う。
「わたしもえらんだ!」
「そうなの?」
「ママににあうって!」
夫が静かに続ける。
「星のイメージだ」
「……」
「今夜のために選んだ」
妻の涙が、今度は止まらない。
「……ずるい……こんなの……」
「気に入らないか」
「……大好きに決まってるでしょう……」
夫がブレスレットを手に取る。
「手を」
妻がそっと差し出す。
夜空の下、夫がゆっくりとそれをつける。
星空の光を受けて、きらりと輝く。
結が拍手する。
「ママ、きらきらー!」
妻が夫を見る。
「……最高の誕生日」
「そうか」
「母の日も、こんなにしてもらって……」
「当然だ」
「……ありがとう」
夫は夜空を見上げる。
「星は毎年ある」
妻が小さく笑う。
「でも、今年は特別」
「そうだな」
結が二人の手を握る。
「ずっといっしょにみようね!」
夫は娘の頭を撫でる。
「ああ」
満天の星の下。
母の日と誕生日。
そして、家族の夜。
忘れられない光が、三人を優しく包んでいた。




