表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨のち晴れ  作者: ありり
111/311

ミステリーツアー⑤

夜。


木の温もりに包まれた宿の食事処での夕食は、ゆったりとした時間だった。


地元の野菜、川魚、丁寧に仕立てられた料理。


「美味しい……」


妻がしみじみと言う。


「山の味だな」


結は頬をいっぱいにしている。


「おさかな、ふわふわ!」


「ちゃんと噛め」


「はーい!」


食事を終え、部屋に戻る途中。


宿のスタッフが微笑んで言う。


「本日は雲一つありません。絶好の星空日和ですよ」


妻が足を止める。


「星空……?」


夫は静かに言う。


「外に出るぞ」


「え、今?」


「上着を持て」


結が跳ねる。


「おほしさま!?」


宿の庭へ出る。


外灯は最小限。周囲は静かな闇。


そして——


夜空。


満天の星。


息をのむほどの、圧倒的な光。


妻が立ち尽くす。


「……え……」


声が、出ない。


空一面に広がる無数の星。


手を伸ばせば届きそうなほど、近い。


「……すごい……」


かすれた声。


結が両手を広げる。


「うわああああ!! いっぱい!! きらきら!!」


「走るな、転ぶぞ」


「だってすごい!」


妻の目に、うっすらと涙が滲む。


「……こんな星空、久しぶり……」


夫は隣に立つ。


「覚えているか」


妻がゆっくり頷く。


「……長野で見た星……若い頃……」


「忘れられないと言っていたな」


妻が驚いたように夫を見る。


「……知ってたの?」


「まあな」


静かな声。


確かな想い。


「ここは……」


「長野だ」


結が振り向く。


「ながの!?」


「ママが好きな星の場所だ」


妻の頬に一筋、涙が落ちる。


「……あなた……」


「母の日と誕生日だ。今年は重なっている」


「だから……?」


「もう一度、見せたかった」


夜空を見上げる妻。


「……ありがとう……」


結がぴょんと跳ねる。


「ママ! おほしさま、すごいね!」


「うん……すごいね……」


しばらく三人で黙って星を見上げる。


やがて、少し落ち着いた頃。


夫が静かに言う。


「結」


「うん?」


「今だ」


結がにこっと笑う。


「はーい!」


夫は部屋から持ってきた黒いレザーバッグを開ける。


中から小さな箱と、鮮やかなカーネーション。


結が両手で花を持つ。


「ママ!」


妻が振り向く。


「え?」


夫が低く言う。


「誕生日、おめでとう。そして、母の日だ」


結が前に出る。


「ママ、いつもありがとう!」


小さな手が差し出す、赤いカーネーション。


妻の目が大きくなる。


「……結……」


次に、夫が箱を差し出す。


「開けろ」


「……なに?」


「いいから」


そっと箱を開ける。


中には、繊細に輝くブレスレット。


星を思わせる小さな石が連なっている。


「……きれい……」


声が震える。


結が得意げに言う。


「わたしもえらんだ!」


「そうなの?」


「ママににあうって!」


夫が静かに続ける。


「星のイメージだ」


「……」


「今夜のために選んだ」


妻の涙が、今度は止まらない。


「……ずるい……こんなの……」


「気に入らないか」


「……大好きに決まってるでしょう……」


夫がブレスレットを手に取る。


「手を」


妻がそっと差し出す。


夜空の下、夫がゆっくりとそれをつける。


星空の光を受けて、きらりと輝く。


結が拍手する。


「ママ、きらきらー!」


妻が夫を見る。


「……最高の誕生日」


「そうか」


「母の日も、こんなにしてもらって……」


「当然だ」


「……ありがとう」


夫は夜空を見上げる。


「星は毎年ある」


妻が小さく笑う。


「でも、今年は特別」


「そうだな」


結が二人の手を握る。


「ずっといっしょにみようね!」


夫は娘の頭を撫でる。


「ああ」


満天の星の下。


母の日と誕生日。


そして、家族の夜。


忘れられない光が、三人を優しく包んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ