ミステリーツアー④
高速道路を走り始めて、しばらく。
車内には穏やかな音楽が流れ、窓の外の景色は少しずつ都会のビル群から緑へと変わっていく。
後部座席。
「ねぇパパ、まだつかない?」
「まだだ」
「あとどれくらい?」
「答えない」
「えーー!」
妻が笑う。
「あなた、本当に徹底していますね」
「ミステリーは最後まで守る」
「ヒント、景色が山っぽくなってきたけど?」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないと思うけど?」
夫は淡々とウインカーを出す。
「そろそろ休憩する」
「パーキング?」
「ああ」
「やったー! ソフトクリームあるかな!?」
「昼食だ」
「ソフトもたべたい!」
「様子を見る」
車がサービスエリアに滑り込む。
広い駐車場。遠くに山の稜線が見える。
結がシートベルトを外そうとして、妻に止められる。
「待って。完全に止まってから」
「はーい!」
エンジンを切ると、静かな空気が流れる。
ドアを開けた瞬間、少しひんやりとした風。
妻が空を見上げる。
「空、きれいね」
「空気が違う」
「やっぱり山方面じゃないの?」
夫はトランクを閉めながら言う。
「詮索は無意味だ」
「無意味って言われた」
結はすでに夫の手を引っ張っている。
「パパ、はやく! おなかすいた!」
フードコート。
結は目を輝かせながらメニューを見上げる。
「なにたべる!? ラーメン? カレー? うどん!?」
妻が笑う。
「落ち着いて。順番にね」
夫が言う。
「好きなものを選べ」
「ほんと!?」
「ああ」
「じゃあカレー!」
「俺は蕎麦にする」
「あなた、ブレないわね」
「土地のものを食べる」
「もう土地って言った」
「一般論だ」
三人でテーブルに座る。
結がスプーンを持ちながら言う。
「パパ、たのしいね!」
「まだ始まったばかりだ」
「もうたのしい!」
妻がそっと夫を見る。
「こうやって、三人でゆっくり出かけるの久しぶりね」
「そうだな」
「運転、疲れてないですか?」
「問題ない」
「無理しないでくださいね」
「お前たちが楽しんでいるなら、それで十分だ」
妻が少し照れたように微笑む。
結が突然ひらめく。
「ねぇ! もしかしてキャンプ!?」
「違う」
「えっ、今ちがうって言った!」
「否定はヒントにならない」
「なるよ!」
食後。
結は念願のソフトクリームを持ち、満足そう。
「しあわせ〜」
「落とすなよ」
「だいじょうぶ!」
妻が夫の隣に並ぶ。
「景色、どんどん緑が増えてるわね」
「そうだな」
「山、きれい」
「……そうだな」
一瞬、夫の視線が遠くの山並みに向く。
(あと少しだ)
再び車に乗り込み、走ることさらに数時間。
空気がさらに澄み、標高が上がっていくのが分かる。
結は途中で少しうとうとし、妻の肩にもたれて眠っている。
バックミラー越しに見る、その穏やかな寝顔。
夫の表情がわずかにやわらぐ。
やがて——
「着いた」
ゆっくりと車が停まる。
結が目を覚ます。
「……ついた?」
妻が窓の外を見て、息をのむ。
目の前に広がるのは、山々に囲まれた静かな高原の宿。
木の香りが漂う、落ち着いた佇まい。
「……ここ?」
「今夜の宿だ」
「すごい……」
結が歓声をあげる。
「おおきい! きれい!」
妻がゆっくり車を降りる。
澄んだ空気。
遠くに広がる空。
「空が近い……」
夫がトランクを開け、旅行バッグと例の黒いレザーバッグを持つ。
まだ渡さない。
まだ、夜ではない。
「気に入ったか」
妻が振り向く。
「……うん。すごく素敵」
「それはよかった」
結が夫の手を握る。
「パパ、ここどこ!?」
夫は一瞬だけ微笑む。
「まだミステリーだ」
「えーー!」
妻が小さく笑う。
「夜になったら分かる」
「夜?」
「それ以上は言わない」
山の空気が、静かに三人を包む。
夕暮れが近づいている。
本番は、これからだ。
夫は宿の入り口へ歩き出す。
——今夜、あの星を見せる。
まだ、誰も知らない。
この旅の本当の目的を。




