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雨のち晴れ  作者: ありり
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結オリジナル・シンデレラ

休日の午後。


高層階のタワーマンションのリビングに、冬のやわらかな日差しが差し込んでいた。


「パパ!ママ!きょうはね、おままごとするの!」


ソファの前に立った結が、くるりと一回転する。


夫は新聞から顔を上げる。

妻はブラックニットにデニムといういつもの装いで、コーヒーカップを持ったまま微笑んだ。


「ほう。今日は何役だ?」


結は胸を張る。


「ゆいがシンデレラ!ママはね、いじわるなままはは!」


一瞬の沈黙。


夫がゆっくり妻を見る。


妻は片眉を上げる。

「……意地悪な、継母?」


夫は真顔で頷いた。


「似合ってる」


「……どういう意味ですか?」


「クールで威厳がある、という意味だ」


結がけらけら笑う。


「ママ、こわいもんね!」


「結?」


妻が低い声で呼ぶと、結はぴたっと止まる。


そこへキッチンから佐川が顔を出す。


「では私は?」


結は勢いよく指をさす。


「さがわは、まほうつかい!」


佐川は目を丸くしたあと、静かにお辞儀する。


「光栄でございます」


夫が腕を組む。

「で、俺は?」


結はにこにこして言った。


「パパはね、おうじさまじゃないよ」


「……ほう」


「しつじ!」


夫と妻が同時に結を見る。


「執事?」


「うん!だってパパ、いつもスーツだもん!」


妻が吹き出す。


「確かに」


夫は軽くため息をつく。

「シンデレラに執事は出てこないはずだが」


結はきっぱり。


「ゆいのシンデレラにはいるの!」


佐川が小さく微笑む。

「オリジナルでございますね」


——こうして、即席の“結オリジナル・シンデレラ”が始まった。



それぞれ衣装に着替える。


結はふわふわのドレス。

妻は黒のままに、パールのネックレスとリングをつけ、髪をきりっとまとめる。


「どう?意地悪そう?」


夫は一瞬見惚れ、すぐ視線を逸らす。


「完璧だな」


「褒めてないわよね?」


佐川は淡いストールを羽織り、控えめな“魔法使い”。


そして——


夫は黒のベストに白シャツ、手袋。


「……本当にやるのか」


「パパ、ちゃんとしつじしてね!」


結は腕を組む。


「承知いたしました、お嬢様」


思ったより板についている。


妻が小声で言う。

「似合ってるわよ」


「……複雑だ」



物語開始。


妻(継母)がソファに優雅に座る。


「シンデレラ。掃除は終わったの?」


結は床を拭くふりをしながら言う。


「はい、おかあさま!」


夫(執事)は横に立つ。


「奥様、お茶のお時間でございます」


妻がちらりと夫を見る。


「お茶を」


一瞬、夫の動きが止まる。


——問題発生。


夫は今まで一度もお茶を淹れたことがない。


キッチンで固まる夫。


(どうやるんだ……?)


佐川が静かに近づく。


「お湯の温度は80度ほどがよろしいかと」


「……なるほど」


「茶葉は蒸らしてからでございます」


夫は真剣な顔でポットを握る。


普段、決して家事をしない男が、初めて紅茶を淹れている。


リビングでは結が小声で言う。


「ママ、パパできるかな」


妻はクールな顔のまま。


「できなければ物語が終わるわね」


数分後——


夫がトレイを持って現れる。


「お待たせいたしました」


少しぎこちない手つき。


カップに紅茶が注がれる。


妻は膝の上に手を置いたまま、ゆっくりカップを取る。


一口。


沈黙。


夫がわずかに緊張する。


妻が静かに言う。


「……悪くないわ」


結が飛び跳ねる。


「パパすごーい!」


夫は小さく息を吐く。


「初めてだ」


「え?」


「紅茶を淹れたのは」


妻が驚いた顔をする。


「本当に?」


「ああ」


佐川が優しく微笑む。


「とても丁寧でございました」


結が抱きつく。


「パパ、ほんとにしつじみたい!」


夫は少し照れながら、結の頭を撫でる。



物語の終盤。


魔法使い(佐川)が言う。


「さあ、シンデレラ。あなたは幸せになります」


結がくるりと回る。


妻が立ち上がる。


「……執事」


「はい、奥様」


「今日の働き、悪くなかったわ」


夫が一瞬、笑う。


「光栄です」


妻がふっと微笑む。


「執事も、意外と似合っている」


夫は妻をまっすぐ見る。


「お前のためなら、執事でも何でもやる」


一瞬の静止。


結が爆笑。


「パパ、ママだいすきなんだね!」


佐川もくすっと笑う。


妻は少しだけ頬を赤らめながら言う。


「……次は王子でもいいわよ」


夫は低く答える。


「執事の方が、お前の隣にいられるならそれでいい」


結が両手を広げる。


「つぎは、ゆいがまほうつかい!」


リビングに笑い声が広がる。


その日、夫は初めて自分で淹れた紅茶をもう一杯作った。


今度は、少しだけ手際が良くなっていた。


挿絵(By みてみん)

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