届いた写真
休日の午後。
高層階のリビングに、やわらかな陽が差し込んでいた。
――ピンポーン。
「はい、ただいま」
インターホンに応じたのは、メイドの佐川だった。
モニターを確認し、静かに扉を開ける。
「写真館からのお届け物でございますね」
受け取った大きな封筒を丁寧に抱え、リビングへ戻る。
「旦那様、奥様。先日のお写真が届きました」
ソファに座っていた夫が顔を上げる。
隣には少し緊張した面持ちの妻。床には娘の結がぺたんと座って積み木で遊んでいる。
「もう来たのか」
夫は立ち上がり、封筒を受け取る。
その手が、ほんのわずかに強く封筒を握った。
妻が小さく息を呑む。
「……あなた、開けてください」
「ああ」
ゆっくりと封を切る音が、静かなリビングに響く。
中から現れたのは、厚みのある台紙に収められた一枚の写真。
神社の境内。
白無垢姿の妻と、黒紋付の夫。
二人並んで、静かに立つ姿。
夫は、写真を見た瞬間――言葉を失った。
「……」
「あなた?」
妻が不安そうにのぞき込む。
「どう……?」
夫はしばらく何も言わない。
ただ、じっと写真を見つめる。
やがて、低くかすれた声がこぼれた。
「……綺麗だ」
それだけだった。
だが、その声は本気だった。
結がぴょんと立ち上がる。
「みせてー!」
夫がしゃがみ、結にも見える高さに写真を下ろす。
「わああ……!」
結の目が輝く。
「ママ、プリンセスみたい!きれいー!!」
妻は思わず頬を押さえる。
「そ、そんな……もう四十なのよ?」
「関係ない」
夫は即答した。
「お前は今が一番綺麗だ」
「……っ」
結が夫を指差す。
「パパもかっこいい!テレビにでてる人みたい!」
夫はわずかに照れ、咳払いをする。
「そうか」
佐川は少し離れた場所から微笑んでいた。
(本当に……お似合いのご夫婦です)
妻は写真をじっと見つめる。
白無垢の自分。
「体型も変わったし……首元も前より少し……」
小さく呟く。
夫が顔をしかめる。
「何を言っている」
「だって……若い頃に撮っていたら、もっと――」
夫は写真から目を離さずに言った。
「若い頃じゃない。今だからいい」
妻が黙る。
「結を産んで、今のお前になった。その姿で撮れたことが意味なんだ」
静かな声だった。
「……思い切って撮って良かった」
妻の目が少し潤む。
「あなた……」
結が両手を広げる。
「ママ、きれーい!」
妻は結を抱き上げ、頬を寄せた。
「ありがとう、結」
夫がふと口を開く。
「……なあ」
「なに?」
「ウェディングドレスでも、もう一度撮るか」
妻は目を丸くする。
「え?」
「今度は洋装で」
真顔で言う夫。
妻は一瞬考え、そして――
「……それは、結構です」
きっぱり。
結がきょとんとする。
「なんで?」
妻は微笑む。
「白無垢は、ずっと憧れだったの。でもドレスは……もう若い子のものよ」
夫が即座に否定する。
「そんなことはない」
「あります」
きっぱり、二度目。
夫は珍しく少し不満げだ。
「……そうか」
佐川が一歩前に出る。
「お二人とも、本当に素敵でございます。きっとこのお写真は、長くご家族の宝物になりますね」
妻が佐川に微笑む。
「ありがとう、佐川」
夫が立ち上がる。
「これ、リビングに飾ろう」
「ここ?」
「一番目立つ場所にだ」
結がぴょんぴょん跳ねる。
「やったー!みんなにみせる!」
夫が写真を壁に掛ける位置を決める。
妻は少し照れながら見守る。
写真が飾られた瞬間、部屋の空気が変わった。
家族の歴史が、そこに刻まれたようだった。
夫は腕を組み、満足そうに言う。
「……いいな」
妻がそっと夫の隣に立つ。
「ありがとう、あなた」
夫は横目で見る。
「お前が決断したからだ」
結が二人の間に割り込む。
「パパ、ママ、だいすき!」
三人の笑い声が重なる。
少し離れた場所で、佐川は静かに微笑んだ。
(このお写真がある限り、きっとこのご家族は揺るがない)
その瞳には、ほんの少しの寂しさと、確かな祝福が混じっていた。
休日の午後。
白無垢の花嫁は、今も変わらず――
この家の、誇りだった。




