V.アランの奇行
キードゥル97年4月
「まぁ、見て。眠っていらっしゃったクリスティーネ様よ」
試験終わり、クリスティーネたちは廊下を歩いていた。
クリスティーネについての噂はかなり広まっている。注目されるのは当然のことだった。
(正直、試験終わりで疲れているので、無駄な視線は感じたくないですけれど)
致し方ないだろう。クリスティーネの側近としてついてきてくれているフィリアーネやホシュラーヌも、少し居心地が悪そうな顔をしていた。
「あちらの方が? お美しいわ……」
「〈聖女〉様とも呼ばれているんでしょう?」
「お目覚めになられて、アラン様も安心でしょうね」
(んん?)
アラン? アラン・エミリエールだろうか?
何を言っているのだろう、彼女たちは。
(何故そこで、アランが出てくるのでしょう?)
クリスティーネが固まった表情をしているのに気付いたフィリアーネがコソッと耳打ちをする。
「後で詳しくお伝えします」
「え、えぇ……」
「あ、アラン……様が、わたくしの婚約者を自称している……??」
クリスティーネは思わず口が引き攣りそうだった。というか、引き攣った。
「わたくしたちも否定はしているのですが……未だに噂は広まっていくばかりでして……。クリスティーネ様が眠ってからすぐに流れた噂ですので、かなり浸透しているのです」
リーゼロッテがため息をつきつつ、そう言う。
「気持わる……」
フェアラーネがポツリと呟いた。
(本当にその通りです)
クリスティーネは声には出さず、心の中で頷く。
「否定はしつつ、時間が過ぎるのを待つしかないですね……」
「はい。できるだけ早く収まってほしいところですわ。クリスティーネ様の婚約問題に影響が出ますもの」
「……そうですね」
復讐の有無に関わらず、できるだけ婚約者は作りたくない。
(政略であっても、婚約者という存在にどう接すればいいのか分からないのですよね)
◇◆◇
数日後、試験発表が行われた。
「……毎度、クリスティーネ様には驚かされますね」
フィリアーネは再び試験発表の板を見上げる。
それは個人総合の順位だ。
クリスティーネは今年も一位を飾っていたのだ。
「……予習のお陰でしょう」
三年越しの予習なんて頭がおかしいと思われるかもしれないが、これ以上、何を答えればいいのかもよく分からない。
「それ以外でも、殆ど満点ですし……それに、去年と比べてヒサミトラールの順位も大きく上がりましたわ」
今年、ヒサミトラールの順位は二位だった。去年は五位だったらしい。
(わたくし一人がいるだけで、そこまで変わるとも思えませんけれどね)
きっと、他の子たちも頑張ったのだろう。皆の成果だ。
「ごきげんよう、クリスティーネ様」
奥からやって来たのは、学院長のティルツィアだった。
「ティルツィア先生! お久しぶりです」
「えぇ……本当に。お元気そうでなによりですわ、クリスティーネ様」
ティルツィアはニコリと微笑む。
「……クリスティーネ様、今後のお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……分かりました」
クリスティーネは頷き、外で待っていたホシュラーヌと、フィリアーネと共にティルツィアについて行った。
そうして、ついたのは学院長室だった。
(前世含めても、初めて入りますね)
それくらい、学院長室に生徒が入ることは少ない。
ティルツィアは中に入り、クリスティーネを席に勧めた。
「……クリスティーネ様、眠っていた三年分の講義をどうするのか決めましょう」
「あぁ……なるほど。そのお話ですか」
「えぇ。……ですが、クリスティーネ様は四年生の講義すらあっさりと一位を取ってしまわれたので、講義をやる必要はないと思っています。ですから、試験だけ受けていただければ」
ティルツィアの言葉に、クリスティーネは「分かりました」と頷いた。
日程は今後決めていくそうだ。
「……クリスティーネ様は大変ですね。三年分の試験を一気に今年に行うのでしょう? わたくし、先日の試験だけでも大変でしたのに」
「そうね。まぁ、仕方のないことだわ」
「わたくしなら犯人を全力で恨みます」
ホシュラーヌがぐぐぐ、と眉を寄せてそう言った。ホシュラーヌは冗談を言ったりと面白い子だ。
そうして、自室に戻ると。
「あっ、クリスティーネ様……」
オロオロしていたユティーナがこちらを振り向いた。いつも、こういうときは涙目になっていることが多かったので、成長が感じられる。
「あまり、見ない方がいいと思うのですが……」
ユティーナは目を逸らしつつ、そう言った。ユティーナの手には手紙が握られている。
「誰からの手紙でしたの?」
ホシュラーヌが問うた。
「……その、アラン・エミリエール様から、です」
その場の空気が凍った。
カチャリと音がして、部屋に入ってきたシリウスとマルティオも寒そうにしている。
「何かあったのか」
「その、アラン・エミリエール様から、クリスティーネ様にお手紙が……」
「…………燃やしましょう」
(判断が早いですねっ!?)
「どうせ気持ち悪い内容に決まっています。返事もしなくていいでしょう」
「一応見ておいた方がいいのでは? 敵対関係であるとはいえ、手紙の内容を見ていないとなれば、溝はもっと深まります」
「……」
「一応、ですよ。気持ち悪い内容だったらすぐに捨てましょう」
シリウスのジトッとした目に、マルティオはキッパリと言い放った。
(マルティオも燃やしたい派なのですね……。そういえば、昔お母様もそんなことをおっしゃっていたような……)
きっと、きっと気のせいだろう。多分。
「では、開けますよ」
フィリアーネが恐る恐る手紙を開ける。
そして、折られていた手紙を開いた。
中には、びっしりと文字が書き連ねられている。クリスティーネに対する愛の言葉だ。
「きっっっも」
途中まで大体目を通したフェアラーネがそう言い放つ。そして、シリウスはその手紙をぐしゃりと掴み取り、暖炉に投げようとした。
それを、ユティーナが焦ってとめる。
「しっ、シリウス! まだ燃やすと決まったわけじゃないですよっ!」
「……ユティーナ」
シリウスはそれだけ呟いて、燃やそうと振り上げた手を下ろした。
「ありがとう、冷静ではなかった」
「ううん、大丈夫よ」
シリウスの謝罪に、ユティーナは微笑んで頷く。
「それで、お返事はどうするのです?」
「……そうですね。無視もありではあります」
「ですが、アラン様の機嫌を損ねるのはよくありませんわ。ありきたりな内容で締めましょう。婚約の話に関してはやんわりと否定する形で」
リーゼロッテの提案で、とりあえず手紙の内容は決定した。
(とても面倒なことになりましたね……)
クリスティーネはこの先に起こりそうな面倒ごとを想像して、ため息をついた。




