II.重なる記憶
キードゥル97年3月
「本当に、成長しすぎではありませんか」
クリスティーネは三年ぶりに再会した側近たちを見てそう言った。
全員大人っぽくなっている。特に、マルティオとシリウスの二人は声まで低くなっていた。
(うぅ……聞きなれませんっ)
この三年の間で結婚式した女性側近はいなかったらしく、髪を結い上げている者はいないのだが。
対して、クリスティーネは成長こそしているものの、仮死状態の上ではあまり成長はできなかったらしい。とはいえ、三年の月日が流れているため、体の大きさが変化して少々歩きにくいのだが。
やはり、周囲の人々の変化には、慣れないものは慣れない。
「クリスティーネ様もお美しくなられましたよ」
「そういうお話ではないのです」
クリスティーネは少し不貞腐れる。
ちなみに、クリスティーネに毒を持った犯人は未だに分からないらしい。
アフタヌーンティーの紅茶に含まれていたそうだ。
『リーゼロッテが、アフタヌーンティーを取りに行って、そこからはクリスティーネがずっと見ていたわけだからね。誰か一人にでも見つからずに犯行を行うのは難しいと思うけど……本当に手強いな』
というのがミカエルの反応だ。
「ねーたま、ねーたま」
「……なぁに、フェルネリッテ?」
「むつかしいおかお。だいじょーぶ?」
そう言って、フェルネリッテはきゅ、とクリスティーネの人差し指を掴んだ。
(可愛いっ!)
「大丈夫、大丈夫。心配してくれてありがとう、フェルネリッテ」
クリスティーネが微笑んでフェルネリッテを撫でれば、「えへへ」と可愛らしい笑顔が見えた。
クリスティーネはこの一週間ほどで、かなりフェルネリッテに懐かれていた。撫でたり、褒めたりすると、可愛らしい笑顔を見せてくれる。
「……あ、あの、お忙しいところすみません。養母上がクリスティーネ養姉上へ、と」
「わ、わぁ……」
そう言ってアルラッションがクリスティーネに渡したのは大量の木札だった。
あと数日で、春を祝う宴がある。そのついでに、クリスティーネの目覚めも祝うこととなったのだ。
(春の訪れとわたくしの起床を一緒に祝わないでほしいのですけれど!)
とはいえ、文句を言える立場ではないので、大人しく従うしかないのだが。
◇◆◇
「先日、約三年もの間、毒に臥せっていた我が娘、クリスティーネが目覚めた! 春の訪れと共に、クリスティーネの目覚めを祝ってほしい」
そんな声が、扉の中から聞こえる。もうすぐ、クリスティーネは入場する。
隣には、三年前より随分と大きくなったミカエルがエスコートのために立っていた。やはり、立っているともっと大きく見える。
「大丈夫ですか? クリスティーネ様」
後ろに立っているコリスリウトがクリスティーネを心配するようにこちらを伺った。
彼も、すでに成人している。元々低かった声が、もう少し低音になっているのだ。
「……大丈夫です」
クリスティーネは覚悟を決めた顔でコリスリウトにそう言った。
(大丈夫。頑張らなくちゃ)
その顔に、コリスリウトも安心したように「分かりました」と頷く。
復讐。今でも、ちゃんと考えてはいるのだ。
(失ってしまった三年間は痛い)
クリスティーネの考える復讐の期限は成人してから一年――十八歳までだ。
避けるつもりではあるが、婚約の話などは出てくる。そして、父レトルートはクリスティーネの幸せを願ってくれている。だから、行き遅れる前にはちゃんとした相手を見繕って婚約させられる――気がするのだ。
婚約してしまったら――復讐が失敗したら――きっとその架空の婚約者にも汚点ができてしまう。家族も――だが、そこの関与は全力で否定するつもりだ。どちらにせよ、不安の芽を増やす必要はないだろう。
「――入場!」
そのとき、扉が大きく開いた。
「行くよ」
ミカエルの小さな声に、クリスティーネは頷いて、一歩を踏み出した。
「……三年前の姿とあまり変わらないな」
「……そうですね。然程成長していませんわ」
貴族たちの残念そうな声が聞こえる。
確かに、クリスティーネを領主にしようと考えていた者たちにとっては、クリスティーネの病臥はかなり面倒だっただろう。この三年の間にミカエルの派閥に移った者も多いという。
(それ自体はいいことですけれどね)
そうして、春を祝う宴が始まった。やはり、目覚めたばかりのクリスティーネに挨拶したいという者は多いらしく、クリスティーネには多くの者が並んだ。
特に、学生が多い。側近にしてもらうのが目当てだろう。
最初にやってきたのは同学年のフィオナ・ファルドール。そして、その妹のフィネアだ。
「お久しぶりですわ、クリスティーネ様!」
「お、お久しぶりです、クリスティーネ様……」
元気な印象のフィオナとは違って、フィネアは大人しそうな雰囲気だ。
(今年で三年生でしたっけ……。そういえば、フィネアは側近候補に入ってましたね)
事前にめせてもらった一覧表によると、フィネアは良い成績を収めているらしく、クリスティーネの側近候補に名が上がっている。
軽く話をして、次に行く。全員捌こうと思えば、時間がないのだ。
(フィネアさえよければ、側近に勧誘したいですね)
次にやってきたのはレニローネともう一人の女の子だった。
レニローネはいつもの武官の装いではなく、貴族らしいドレスだ。
かなり二人は似た雰囲気。親戚だろうか?
「クリスティーネ様、わたくしの従妹なのです。紹介したくて」
レニローネは微笑んだ。
「クリスティーネ様、お初にお目にかかります。レニローネの従妹、ホシュラーヌ・ウェンドスレーズと申します。以後、お見知りおきを」
ホシュラーヌもフィネアと同じくクリスティーネの側近候補だ。できるだけ会ってから側近の決定を、という配慮だろう。
「よろしくお願いします、ホシュラーヌ」
そうして、何十人にも上る挨拶の列を捌き、あと残るところ数人となった。
「よろしくお願いします」
ニコリと上級貴族に微笑むと、次の者がやってくる。
その瞬間、クスクスと嫌味の籠った笑いが聞こえてきた。
「あんな神々のご加護のない者がクリスティーネ様に挨拶するだなんて……」
「本当に! 烏滸がましいですわ」
「……っ」
その一人で挨拶に来た小さな少女はビクビクと震えて涙目になっていた。
絹のような白髪に、淡い青緑の瞳。その少女の噂は耳に届いていた。
神の加護のない者、そう呼ばれていることも。
その少女は何とか挨拶をしようと跪いた。
「く、クリスティーネ、様……お初にお目に、かかります。新二年生のシャリルティーヌ・ウレイリアと申します。以後、お見知り置きを」
「シャリルティーヌ、これからよろしくお願いしますね。是非仲良くしてくださいませ」
クリスティーネはニコリと微笑んだ。すると、辺りがザワつく。基本的にこういった挨拶では定型文を返すのが普通だ。その対象外になるのは、本人と仲の良い人間だけである。
(シャリルティーヌを特別扱いしていると見せつければ、嫌がらせも減るでしょう)
クリスティーネは、アイシェとシャリルティーヌを重ねていた。
(成績もよかったはずですし、側近として保護するのもありですね)
そんなことを考えながら、春を祝う宴は終了した。
シャリルティーヌが挨拶に来たのは、「クリスティーネ様にご挨拶しないだなんて……そんなことはありませんわよね?」という某上級貴族の煽りからです。シャリルティーヌを公の場で笑い者にしたかったようですが、失敗になりました。ちなみに、挨拶しなくても、まぁ不敬にはなりません。




