第4小節 「消えたシュート」
⸻
放課後の教室。
⸻
窓際の席に、
一人の少年が座っていた。
⸻
白石玲央。
⸻
机の上には、
開かれていない教科書。
⸻
黒板には、
部活動へ向かう生徒たちの予定が書かれている。
⸻
しかし。
玲央は動かなかった。
⸻
窓の外を見る。
⸻
そこには、
かつて自分がいた場所があった。
⸻
グラウンド。
⸻
夕日に照らされながら、
サッカー部の仲間たちが練習している。
⸻
「玲央!」
⸻
以前なら、
自分もあの輪の中にいた。
⸻
誰よりも走った。
誰よりも声を出した。
⸻
将来を期待された選手だった。
⸻
しかし。
⸻
あの日。
⸻
試合中の大怪我。
⸻
医師から告げられた言葉。
⸻
「激しい運動は難しい」
⸻
その瞬間。
⸻
自分の未来は、
音もなく消えた。
⸻
⸻
諦めたつもり
⸻
「もう終わったことだ」
⸻
玲央は何度もそう言い聞かせた。
⸻
サッカーができなくても生きていける。
⸻
別の道を探せばいい。
⸻
頭では分かっていた。
⸻
でも。
⸻
窓の外を見るたびに、
胸の奥が痛んだ。
⸻
仲間たちの笑い声。
⸻
ボールを蹴る音。
⸻
自分だけが、
そこから取り残されたようだった。
⸻
「……未練がましいな」
⸻
玲央は小さく呟く。
⸻
もう割り切ったつもりだった。
⸻
なのに。
⸻
どうしてこんなにも、
虚しいのか。
⸻
⸻
小さな音
⸻
その時。
⸻
どこからか、
かすかな音が聞こえた。
⸻
……。
⸻
玲央は顔を上げる。
⸻
「……何だ?」
⸻
耳を澄ます。
⸻
遠くから。
⸻
細い音色。
⸻
クラリネット。
⸻
そして。
⸻
柔らかなピアノ。
⸻
完璧ではない。
⸻
むしろ。
⸻
少し不安定な音だった。
⸻
でも。
⸻
なぜか気になった。
⸻
玲央は立ち上がる。
⸻
理由は分からない。
⸻
ただ。
⸻
その音の方へ、
足が向いていた。
⸻
⸻
音楽準備室
⸻
扉の隙間から、
音が漏れていた。
⸻
玲央は静かに覗く。
⸻
そこには二人いた。
⸻
神谷奏。
⸻
そして。
⸻
水野美琴。
⸻
奏のピアノに合わせて、
美琴がクラリネットを吹いている。
⸻
まだ練習中。
⸻
息が合っていない。
⸻
音も少しずれている。
⸻
プロの演奏とは、
ほど遠い。
⸻
なのに。
⸻
玲央は動けなかった。
⸻
⸻
「……なんだよ」
⸻
小さく笑う。
⸻
「下手なのに」
⸻
なぜか。
⸻
胸が熱くなる。
⸻
⸻
二人の音には、
勝ち負けがなかった。
⸻
誰かに認められるためでもない。
⸻
ただ。
⸻
音を楽しんでいる。
⸻
⸻
玲央は気づく。
⸻
自分がサッカーで失ったもの。
⸻
勝利でも。
名誉でもない。
⸻
仲間と同じ時間を過ごすこと。
⸻
夢中になること。
⸻
それだった。
⸻
⸻
新しい場所
⸻
その日の帰り道。
⸻
玲央は一人、
校舎を歩いていた。
⸻
音楽室の前で足を止める。
⸻
中から、
小さな音が聞こえる。
⸻
⸻
「……明日」
⸻
玲央は呟く。
⸻
「桐谷先生に言おう」
⸻
⸻
吹奏楽部に入る。
⸻
⸻
もちろん不安はある。
⸻
楽器なんて触ったこともない。
⸻
音楽の経験もない。
⸻
⸻
それでも。
⸻
あの音を聞いた時。
⸻
久しぶりに思った。
⸻
「やってみたい」
⸻
⸻
玲央は窓の外を見る。
⸻
夕焼けが広がっていた。
⸻
サッカーを失った少年の前に、
新しい道が伸びている。
⸻
⸻
翌日。
⸻
放課後。
⸻
音楽室の扉を開く。
⸻
「桐谷先生」
⸻
玲央は言う。
⸻
「俺……」
⸻
⸻
一瞬だけ迷う。
⸻
そして。
⸻
「吹奏楽部に入りたいです」
⸻
⸻
その言葉を、
自分自身に届けるように。
⸻
⸻
まだ知らない。
⸻
この選択が、
自分の人生をもう一度動かすことを。
⸻
第4章
「消えたシュート」
完




