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放課後ブレーメン  作者: まーサンタ


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4/21

第3小節 「小さな音色」



⸻


水野美琴(みずの みこと)は、


いつも正しい答えを選んできた。


⸻


先生が望む答え。


⸻


両親が喜ぶ答え。


⸻


友達が求める答え。


⸻


「水野さんなら大丈夫」


⸻


その言葉を、


何度聞いてきただろう。


⸻


成績は学年上位。


委員会も真面目。


先生からの評価も高い。


⸻


誰が見ても、


問題のない生徒。


⸻


けれど。


⸻


美琴自身は知っていた。


⸻


本当の自分が、


どこにいるのか分からなくなっていたことを。


⸻


古い音楽室


⸻


ある日の放課後。


⸻


美琴は偶然、


使われていない音楽準備室へ足を踏み入れた。


⸻


理由はなかった。


⸻


ただ。


教室にいることが、


少し苦しかった。


⸻


そこには、


古い楽器が並んでいた。


⸻


その中に。


⸻


一本のクラリネットがあった。


⸻


黒く光る木製の楽器。


⸻


美琴はそっと手に取る。


⸻


「……綺麗」


⸻


吹奏楽の経験などなかった。


⸻


でも。


⸻


なぜか気になった。


⸻


ケースの中に残された楽譜。


⸻


誰かが大切に使っていたもの。


⸻


美琴は、


恐る恐る息を吹き込んだ。


⸻


⸻


最初は。


⸻


かすれた音だった。


⸻


綺麗とは言えない。


⸻


失敗だった。


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それでも。


⸻


美琴はもう一度吹いた。


⸻


すると。


⸻


小さな音が、


誰もいない音楽室に響いた。


⸻


⸻


その瞬間。


⸻


胸の奥が熱くなった。


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「……音が出た」


⸻


ただそれだけだった。


⸻


なのに。


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嬉しかった。


⸻


誰かに褒められたからではない。


⸻


期待されたからでもない。


⸻


初めて。


⸻


自分自身が選んだことだった。


⸻


⸻


「もう一回……」


⸻


美琴は吹く。


⸻


音が少しずつ変わる。


⸻


震える音。


不安定な音。


⸻


でも。


⸻


確かに自分の音だった。


⸻


⸻


放課後の音楽室


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「いい音だね」


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突然。


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後ろから声がした。


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美琴は驚いて振り返る。


⸻


そこには、


桐谷響子(きりたに きょうこ)が立っていた。


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「す、すみません!」


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美琴は慌てて楽器を置く。


⸻


「勝手に触ってしまって……」


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桐谷は首を振った。


⸻


「謝らなくていいよ」


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「むしろ」


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「嬉しい」


⸻


⸻


美琴は不思議そうに見る。


⸻


「嬉しい……?」


⸻


桐谷は音楽室を見渡す。


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「この部屋」


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「ずっと音がなかったから」


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⸻


誰もいない。


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誰も期待していない。


⸻


廃部寸前の吹奏楽部。


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でも。


⸻


今。


⸻


確かに音が生まれた。


⸻


⸻


「水野さん」


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「吹奏楽部、興味ある?」


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美琴は戸惑う。


⸻


「私なんて……」


⸻


その言葉に、


桐谷は少し寂しそうな顔をした。


⸻


「また、その言葉を使うんだね」


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「私なんて」


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「できない」


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「向いていない」


⸻


⸻


「でも」


⸻


桐谷はクラリネットを見る。


⸻


「今の音」


⸻


「私は好きだったよ」


⸻


⸻


美琴は黙る。


⸻


⸻


誰かに評価されたわけではない。


⸻


才能を認められたわけでもない。


⸻


ただ。


⸻


「好き」と言われた。


⸻


それだけだった。


⸻


⸻


初めての部員


⸻


翌日。


⸻


放課後。


⸻


音楽室。


⸻


神谷奏が入る。


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「……新しい部員?」


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美琴は小さく頭を下げる。


⸻


「水野美琴です」


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「クラリネットを……始めます」


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奏は少し驚いた。


⸻


「経験は?」


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「ありません」


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少し間を置いて。


⸻


美琴は続ける。


⸻


「でも」


⸻


「吹いてみたいです」


⸻


⸻


その言葉に、


奏は微笑む。


⸻


「それなら十分だと思う」


⸻


⸻


誰もいなかった吹奏楽部。


⸻


そこに二つ目の音が加わった。


⸻


ピアノの記憶を失った少年。


⸻


クラリネットで自分を見つけた少女。


⸻


まだ小さな音楽隊。


⸻


でも。


⸻


少しずつ。


⸻


ブレーメンへの道は、


始まっていた。


⸻


第3章


「小さな音色」


完

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