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放課後ブレーメン  作者: まーサンタ


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3/21

第2小節 「止まった指揮棒」



⸻


放課後の音楽室。


⸻


誰もいないはずの場所から、


小さなピアノの音が響いていた。


⸻


桐谷響子(きりたに きょうこ)は、廊下で足を止める。


⸻


「……誰?」


⸻


扉を開けると、


そこにいたのは一人の少年だった。


⸻


神谷奏(かみや かなで)。


⸻


古いピアノの前に座り、


静かに鍵盤へ指を置いている。


⸻


しかし。


その音は途中で止まった。


⸻


「……すみません」


⸻


奏は慌てて立ち上がる。


⸻


「勝手に使っていました」


⸻


桐谷は少し驚いた。


⸻


「今の曲」


⸻


「昔の吹奏楽部の課題曲ね」


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奏は答えない。


⸻


その反応で、桐谷は気づいた。


⸻


この少年は、


ただ暇つぶしで弾いていたわけではない。


⸻


「君、音楽経験あるでしょ」


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「……ありません」


⸻


即答。


⸻


しかし。


⸻


桐谷は首を振る。


⸻


「嘘」


⸻


「音楽を知らない人間は、そんな弾き方をしない」


⸻


奏は目を伏せる。


⸻


⸻


過去の傷


⸻


数年前。


⸻


神谷奏は、


将来を期待されたピアノ少年だった。


⸻


コンクール。


発表会。


大会。


⸻


いつも周囲から言われていた。


⸻


「神谷君なら大丈夫」


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「君には才能がある」


⸻


その言葉が、


いつしか重荷になった。


⸻


そして。


⸻


大きな舞台の日。


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演奏中。


⸻


奏の指は止まった。


⸻


頭の中が真っ白になった。


⸻


客席。


審査員。


期待。


⸻


すべてが怖くなった。


⸻


それ以来。


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奏は人前で演奏することを避けた。


⸻


⸻


桐谷の過去


⸻


「私もね」


⸻


桐谷が言う。


⸻


「昔、同じだった」


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奏が顔を上げる。


⸻


桐谷は窓の外を見る。


⸻


「私も音楽を続けていた」


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「全国大会を目指していた」


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「でも」


⸻


「最後の舞台で失敗した」


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⸻


その時から。


⸻


桐谷は音楽を遠ざけた。


⸻


教師になったのも、


音楽から逃げるためだった。


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「だから」


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「君の気持ちは少し分かる」


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奏は驚く。


⸻


「先生も……?」


⸻


桐谷は笑う。


⸻


「完璧な人間なんていないよ」


⸻


⸻


放課後ブレーメン


⸻


桐谷は音楽室を見渡す。


⸻


古びた楽器。


使われなくなった譜面台。


⸻


「この部活」


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「もうすぐなくなる」


⸻


奏は黙る。


⸻


「でも」


⸻


桐谷は続ける。


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「私は少しだけ、もったいないと思ってる」


⸻


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「音楽は」


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「上手い人だけのものじゃないから」


⸻


⸻


その言葉が、


奏の心に残る。


⸻


⸻


「神谷君」


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「もう一度、音楽をやってみない?」


⸻


⸻


奏は迷う。


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怖かった。


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また失敗するかもしれない。


⸻


また期待されるかもしれない。


⸻


⸻


しかし。


⸻


目の前の先生もまた、


同じ傷を抱えていた。


⸻


⸻


「……指揮なら」


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奏が小さく言う。


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「え?」


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「演奏じゃなくて」


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「指揮なら、できるかもしれません」


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⸻


桐谷は微笑む。


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「それでいい」


⸻


⸻


「音楽室に来る理由なんて」


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「最初は何でもいいんだよ」


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⸻


その日。


⸻


止まっていた二人の時間が、


少しだけ動き始めた。


⸻


音楽室の黒板には、


新しい文字が書かれる。


⸻


吹奏楽部


⸻


その下に。


⸻


小さく。


⸻


放課後ブレーメン


⸻


第2章


「止まった指揮棒」


完

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