第18小節 「空を裂く一音」
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舞台袖。
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青葉ヶ丘学園。
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出番まで、あと数分。
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会場の空気は張り詰めていた。
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遠くから聞こえる観客のざわめき。
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他校の演奏が残した余韻。
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そして。
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自分たちを待つ静寂。
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「……。」
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誰も口を開かなかった。
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ただ。
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全員が自分の鼓動を聞いていた。
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ドン。
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ドン。
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まるでバスドラムのような大きな鼓動。
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それは恐怖ではない。
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これから始まる瞬間を待つ、
覚悟の音だった。
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舞台へ
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「青葉ヶ丘学園高等学校のみなさん。」
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スタッフの声が響く。
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「お願いします。」
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八人の音楽隊。
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放課後ブレーメンが、
ゆっくりと舞台へ歩き出す。
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客席には、
桐谷響子。
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教頭。
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そして。
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一番後ろには、
黒川蓮司。
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静かに腕を組んでいる。
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照明。
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広い舞台。
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数えきれない観客。
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その中心へ、
八人が立った。
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「続いては、青葉ヶ丘学園高等学校です。」
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アナウンスが流れる。
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「演奏人数、八名。」
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会場が少しざわめく。
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小編成。
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少ない人数。
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しかし。
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「演奏曲は――」
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「『夜空のトランペット』」
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その名前が告げられる。
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奏は静かに息を吸う。
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指揮はない。
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ピアノと全員の呼吸で始める。
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最初の一音。
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それを奏と透で作る。
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奏の指が鍵盤へ向かう。
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透がトランペットを構える。
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しかし。
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二人の指は震えていた。
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(怖い。)
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奏は思う。
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過去の記憶。
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あの日。
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舞台で音を失った瞬間。
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それが一瞬だけ蘇る。
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透も同じだった。
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父親の音。
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期待。
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失敗への恐怖。
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「……。」
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玲央が二人を見る。
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美琴も不安そうに見つめる。
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このままでは。
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その時。
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客席の一角。
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「ふん。」
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小さな声。
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朝倉悠真だった。
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腕を組み、
少し残念そうに笑う。
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(やっぱりか。)
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(あれだけ大口を叩いても、ここでは――。)
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その瞬間。
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「……へっ。」
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会場に響く。
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大きなくしゃみ。
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「へっ……へっ……。」
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「へっくしょん!」
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静寂の中。
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あまりにも大きな音。
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会場の視線が一瞬集まる。
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透が顔を上げる。
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「……。」
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その音の方向を見る。
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遠い客席。
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顔までは見えない。
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でも。
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分かった。
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父親。
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黒川蓮司。
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蓮司は少し気まずそうな顔をしながら、
小さく笑っていた。
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透も。
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思わず口元が緩む。
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(何やってんだよ。)
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しかし。
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その一瞬で、
張り詰めていたものが消えた。
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蓮司は小さく頷く。
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「吹け。」
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声は届かない。
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でも。
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透には聞こえた気がした。
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透は奏を見る。
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目配せ。
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奏も気づく。
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そして。
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小さく笑った。
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もう大丈夫だった。
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演奏開始
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奏の指が動く。
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最初の旋律。
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そして。
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透。
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トランペットが鳴る。
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次の瞬間。
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会場の空気が変わった。
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高らかな音。
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力強い響き。
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まっすぐで、
迷いのない音。
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演奏会の日とは違う。
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あの日は、
誰かへ届けるための音だった。
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今日は。
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自分たちの存在を証明する音。
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透のトランペットは、
まるで夜空を切り裂く光だった。
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「……!」
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客席がざわめく。
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「すごい……。」
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「小編成なのに……。」
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その音に、
一瞬で会場が引き込まれる。
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舞台袖で待つ生徒たちも、
息をのむ。
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玲央は笑う。
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「やっぱり……。」
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「こいつ、すげぇな。」
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美琴の目には涙が浮かぶ。
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「綺麗……。」
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奏は鍵盤を弾きながら思う。
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(もう過去じゃない。)
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(今の俺たちの音だ。)
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透もまた、
トランペットを吹きながら笑っていた。
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怖さは消えていた。
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あるのはただ。
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音楽が楽しいという気持ち。
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八人の音が重なる。
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誰もいなかった音楽室から始まった音。
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それは今、
大きなホールいっぱいに響いていた。
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第18章
「空を裂く一音」




