第17小節 「越えるべき音」
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指揮棒が振り下ろされた。
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一瞬。
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静寂。
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そして。
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音が生まれた。
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白鷹学院の演奏が始まる。
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最初の一音。
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その瞬間。
会場にいた全員が感じた。
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「……違う。」
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誰かが小さく呟く。
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音の厚み。
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一人ひとりの技術。
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そして何より。
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全員が同じ方向を見ているような一体感。
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それは、ただ上手いという言葉では表せなかった。
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一つの楽器が鳴っているようで。
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一つの生き物が呼吸しているようだった。
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朝倉悠真の音
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その中心にいたのは、
朝倉悠真。
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トランペット。
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高らかに響く音色。
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力強い。
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しかし、決して独りよがりではない。
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周囲の音を引き立てながら、
全体を導いている。
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「……すごい。」
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奏は思わず息を漏らした。
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悔しさではない。
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純粋な驚きだった。
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玲央は拳を握る。
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「これが……。」
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「上位校か。」
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美琴は言葉を失っていた。
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自分たちも必死に練習してきた。
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音楽が好きになった。
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仲間と音を合わせる喜びを知った。
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それでも。
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今、目の前にある音は、
はっきりとした差を見せつけていた。
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客席
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観客席も、
完全に白鷹学院の音に飲み込まれていた。
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誰も話さない。
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誰も動かない。
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ただ、聴いている。
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一節。
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ほんの短いフレーズを聴いただけで、
多くの人が確信していた。
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今年の地区代表候補。
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その一つは、
間違いなく白鷹学院だと。
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舞台裏
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一方。
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次の出番を待つ青葉ヶ丘学園。
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放課後ブレーメンの四人。
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誰も言葉を発していなかった。
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控室へ届く音。
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その一音一音が、
心に響く。
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「……。」
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美琴は楽器ケースを抱えたまま動けない。
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玲央も、
さっきまで落ち着きなく動いていた足が止まっている。
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透は腕を組み、
静かに耳を傾けていた。
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奏だけが、
真っ直ぐ前を見ている。
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しかし。
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その瞳の奥には、
わずかな揺れがあった。
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「……この後。」
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玲央が小さく呟く。
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「俺たちが、あれの後に出るのか。」
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誰も答えなかった。
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答えられなかった。
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あまりにも完成された音。
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あまりにも高い壁。
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「怖いですね。」
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美琴が小さな声で言う。
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透はしばらく黙ったあと、
静かに答える。
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「……ああ。」
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意外な返事だった。
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「怖い。」
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透は自分のトランペットケースを見る。
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「でも。」
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「だからって逃げる理由にはならねぇ。」
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その言葉に、
奏が小さく頷く。
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舞台上。
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白鷹学院の演奏は終盤へ向かっていた。
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最後の盛り上がり。
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悠真のトランペットが、
会場いっぱいに響き渡る。
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その音は、
まるで次のステージへの切符を掴むようだった。
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演奏終了。
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一瞬の静寂。
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そして。
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割れんばかりの拍手。
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舞台裏。
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青葉ヶ丘学園の出番が近づく。
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スタッフの声が響く。
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「次、青葉ヶ丘学園さんです。」
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四人は顔を見合わせる。
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昨日までなら、
この圧倒的な音に怯えていたかもしれない。
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でも。
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今は違う。
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奏は静かに言う。
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「行こう。」
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「俺たちの音を届けに。」
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玲央が頷く。
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美琴が楽器を抱える。
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透がトランペットケースを持つ。
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そして。
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放課後ブレーメンは、
まだ誰も知らない自分たちだけの音を、
舞台へ持っていく。
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「越えるべき音」




