第16小節 「開幕の瞬間」
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地区コンクール当日。
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朝から空気が違っていた。
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会場となる県立文化ホールには、
各学校の制服を着た生徒たちが次々と集まっている。
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大きな楽器ケース。
緊張した表情。
真剣な眼差し。
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そこには、
この日のために努力してきた音楽が集まっていた。
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「……すごいな。」
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白石玲央は、
会場の雰囲気を見渡して呟く。
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「みんな、本気だ。」
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隣で水野美琴が小さく頷く。
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「私たちも……その中にいるんですよね。」
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その言葉に、
神谷奏は静かに笑った。
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「そうだよ。」
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「ここまで来た。」
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客席
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観客席には、
青葉ヶ丘学園の関係者も姿を見せていた。
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桐谷響子はもちろん、
教頭や数名の教師たち。
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普段は厳しい表情を見せる教頭も、
今日は静かにステージを見つめていた。
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「……ここまで来ましたか。」
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小さく呟く。
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その隣の教師が微笑む。
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「生徒たちの力ですね。」
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教頭は答えず、
ただ舞台へ視線を向けた。
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そして。
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客席の一番後ろ。
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壁にもたれながら、
一人の男性が立っていた。
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黒川蓮司。
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透の父親。
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腕を組み、
静かに息子たちの姿を見守っている。
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誰にも声をかけない。
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ただ。
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そこにいた。
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待機時間
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「次は……。」
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アナウンスが響く。
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上位常連校の演奏が始まる。
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奏たちは客席で他校の演奏を聴いていた。
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圧倒的な音。
揃ったリズム。
完成された表現。
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「……すごい。」
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美琴は思わず呟く。
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玲央も真剣な表情で舞台を見る。
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「俺たち、あれと戦うのか。」
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不安ではない。
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ただ。
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自分たちがどこまで届くのか。
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その現実を感じていた。
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それぞれの緊張
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しかし。
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普段一番強気な玲央が、
今日は落ち着かなかった。
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何度も時計を見る。
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何度もチューバケースを確認する。
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「玲央。」
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奏が声をかける。
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「さっきから五回目。」
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「何が?」
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「ケース開けるの。」
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玲央は気まずそうに目を逸らす。
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「……ちゃんと入ってるか確認してるだけ。」
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透が小さく笑う。
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「落ち着けよ。」
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「お前が一番騒がしい。」
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「お前は平気そうだな。」
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玲央が聞く。
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透は一瞬黙った。
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「……。」
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そして。
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「別に。」
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そう答える。
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しかし。
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奏は気づいていた。
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透の手。
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トランペットケースの持ち手を握る手には、
汗がにじんでいる。
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「透も緊張してるんだ。」
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美琴が驚く。
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透はすぐに睨む。
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「当たり前だろ。」
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「何だと思ってる。」
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「俺だって人間だ。」
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その返答に、
三人は少し笑った。
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いつもの透だった。
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ライバルの舞台
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そして。
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会場の空気が変わる。
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「次の団体は……」
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アナウンスが流れる。
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「白鷹学院高等学校。」
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奏たちは顔を上げた。
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ライバル。
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朝倉悠真の学校。
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舞台袖から、
白鷹学院のメンバーが現れる。
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無駄のない動き。
迷いのない表情。
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その中心に、
悠真がいた。
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彼もまた、
小編成でのエントリー。
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人数ではなく、
音で勝負する学校。
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舞台へ上がった悠真は、
客席を一度見渡す。
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その表情には、
余裕があった。
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緊張など感じさせない。
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「すごい……。」
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美琴が呟く。
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玲央は息を飲む。
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透は黙って舞台を見る。
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奏だけは、
悠真の姿から目を離さなかった。
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(強い。)
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直感で分かる。
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彼は本気だ。
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指揮者が舞台中央へ立つ。
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会場が静まり返る。
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楽器を構える。
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息を合わせる。
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そして。
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指揮棒が、
ゆっくりと振り上げられる。
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その瞬間。
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白鷹学院の音楽が、
始まろうとしていた。
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第16章
「開幕の瞬間」




