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放課後ブレーメン  作者: まーサンタ


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16/21

第15小節 「前夜」



⸻


地区コンクールまで——


残り一日。


⸻


いつもの音楽準備室。


窓の外では、夕焼けがゆっくりと夜へ変わろうとしていた。


⸻


「……よし。」


⸻


最後の音が静かに消える。


部屋に、しばしの静寂が訪れた。


⸻


桐谷響子(きりたに きょうこ)は、部員たちを見渡す。


⸻


「ここまでにしましょう。」


⸻


誰もすぐには返事をしなかった。


それぞれが、自分の楽器を見つめている。


⸻


神谷奏(かみや かなで)はピアノの鍵盤をそっと閉じる。


⸻


水野美琴(みずの みこと)はクラリネットを優しく布で磨く。


⸻


白石玲央(しらいし れお)はチューバを静かにケースへ戻した。


⸻


黒川透(くろかわ とおる)は、何も言わずトランペットを抱きしめるように持っていた。


⸻


ここまで来るのに、


どれだけの時間を重ねただろう。


⸻


誰もいなかった音楽準備室。


⸻


三人から始まった部活。


⸻


演奏会。


⸻


仲間との出会い。


⸻


ライバルとの約束。


⸻


父との再会。


⸻


すべてが、


明日へ続いている。


⸻


美琴の涙


⸻


「……終わっちゃうんですね。」


⸻


ぽつりと、


美琴が呟いた。


⸻


「え?」


玲央が振り向く。


⸻


美琴は少し恥ずかしそうに笑った。


⸻


「もちろん、コンクールは終わりじゃないって分かってます。」


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「でも……。」


⸻


窓の外へ目を向ける。


⸻


「初めてクラリネットを吹いた日。」


⸻


「誰もいなかった音楽室。」


⸻


「中庭で演奏した日。」


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「みんなで笑いながら練習したこと。」


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一つひとつの思い出が胸をよぎる。


⸻


「全部、楽しかったなって……。」


⸻


言葉が震える。


⸻


目には涙が浮かんでいた。


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「だから。」


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「明日が終わるのが少し怖いです。」


⸻


部屋が静かになる。


⸻


誰もが、


同じ気持ちだった。


⸻


その時。


⸻


「泣くには早ぇよ。」


⸻


透だった。


⸻


全員が驚いて振り向く。


⸻


透は照れくさそうに頭をかきながら言う。


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「結果なんて明日まで分かんねぇ。」


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「だったら今日は。」


⸻


「明日のことだけ考えろ。」


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「俺たち。」


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「ここまでちゃんとやってきたじゃねぇか。」


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「それなら。」


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「胸張って吹けばいい。」


⸻


「……それだけだ。」


⸻


静かな部屋に、


その言葉がまっすぐ響いた。


⸻


美琴は涙をぬぐって笑う。


⸻


「……うん。」


⸻


「ありがとう。」


⸻


その様子を見ていた奏が、


ふっと笑みをこぼす。


⸻


玲央も肩を震わせる。


⸻


一年生たちも顔を見合わせて笑い始めた。


⸻


「……何だよ。」


⸻


透が眉をひそめる。


⸻


奏が口元を押さえながら言う。


⸻


「いや。」


⸻


「透がそんなこと言うなんて思わなくて。」


⸻


玲央も笑う。


⸻


「一番励ましてるじゃねぇか。」


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「意外と優しいな。」


⸻


「うるせぇ。」


⸻


透は顔を赤くしながらそっぽを向く。


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「勘違いすんな。」


⸻


「明日、お前らが失敗したら。」


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「俺まで恥かくだろ。」


⸻


「だからだ。」


⸻


その苦しい言い訳に、


部屋は笑いに包まれた。


⸻


最後の言葉


⸻


桐谷はそんな部員たちを見つめ、


優しく微笑んだ。


⸻


「みんな。」


⸻


笑い声が止まる。


⸻


「ここまで、本当によく頑張りました。」


⸻


「先生は。」


⸻


「みんなと出会えて幸せです。」


⸻


桐谷は深く一礼した。


⸻


「明日は。」


⸻


「思い切り楽しんできましょう。」


⸻


「はい!」


⸻


力強い返事が重なる。


⸻


それぞれの夜


⸻


練習が終わる。


⸻


楽器をケースへ入れる音。


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譜面をそろえる音。


⸻


制服のバッグへ荷物を詰める音。


⸻


誰も無駄話はしなかった。


⸻


明日は、


人生で初めての地区コンクール。


⸻


奏は静かにピアノへ手を置いた。


(もう逃げない。)


⸻


美琴はクラリネットケースを抱きしめる。


(笑って吹こう。)


⸻


玲央はチューバを見つめる。


(支えるのが、俺の音だ。)


⸻


透はトランペットケースを肩に掛ける。


(最高の音を届ける。)


⸻


四人は互いに目を合わせ、


静かにうなずいた。


⸻


夏の夜風が、


音楽準備室の窓を揺らす。


⸻


明日。


放課後ブレーメンは、


初めての大舞台へ立つ。


⸻


第15章


「前夜」

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