第13小節 「夜空へ響く音」
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地区コンクールまで、残り二十五日。
放課後ブレーメンの部室には、緊張感が漂っていた。
今日は、コンクールで演奏する自由曲を決める日だった。
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楽譜が机いっぱいに広げられる。
桐谷響子が部員たちを見渡した。
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「今日で曲を決めます。」
「一度決めたら、本番までその曲を仕上げることになるわ。」
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全員が真剣な表情でうなずく。
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候補曲
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「この曲なんてどう?」
一年生の女子部員が一冊の楽譜を手にする。
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「明るくて楽しそう!」
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「悪くないね。」
桐谷が微笑む。
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一方で、奏は黙って譜面を眺めていた。
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透も腕を組み、一枚一枚静かに目を通している。
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「やっぱり。」
桐谷が口を開く。
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「コンクールなら、ソロが映える曲がいいと思う。」
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「そうですね。」
奏もうなずく。
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玲央が首をかしげる。
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「ソロって、やっぱり奏のピアノ?」
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美琴も自然とうなずいた。
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「奏君のピアノ、本当にすごいですから。」
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部員たちも口々に賛成する。
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「私もピアノソロがいいと思います!」
「絶対目立つよ!」
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その時だった。
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「……違う。」
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奏が静かに口を開く。
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全員の視線が集まる。
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「俺じゃない。」
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奏は隣に座る透を見る。
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「ソロは、透だ。」
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一瞬、部屋が静まり返る。
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「……は?」
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透が思わず聞き返した。
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奏は一冊の楽譜を机へ置く。
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タイトル。
『夜空のトランペット』
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「この曲しかない。」
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桐谷が楽譜を開く。
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ゆっくりと譜面を追いながら、小さく息をのんだ。
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「……そういうこと。」
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奏は静かに話し始める。
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「この曲は、トランペットが主役。」
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「周りは、その音を支える。」
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「透の音は、人を振り向かせる力がある。」
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「演奏会の日。」
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「あの日、みんなの空気を変えたのは透だった。」
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「だから。」
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「この曲なら勝負できる。」
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「透の才能を、一番活かせる。」
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透は黙って楽譜を見つめていた。
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やがて、小さく首を振る。
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「無理だ。」
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「俺一人が目立つ曲なんて。」
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「失敗したら終わりだ。」
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奏はすぐに言葉を返す。
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「失敗してもいい。」
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「俺たちが支える。」
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透は苦笑する。
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「簡単に言うな。」
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「俺は親父じゃない。」
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「そんな音は出せねぇ。」
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父の背中。
幼い頃に聴いたジャズ。
今でも心の奥に残る音。
その記憶が、透の足を止めていた。
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その時。
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「だったら。」
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玲央が立ち上がる。
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「俺が支える。」
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透が顔を上げる。
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「チューバは土台だろ?」
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「お前が安心して吹けるように、俺が下を支える。」
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美琴も笑顔で続けた。
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「私もいます。」
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「クラリネットで、透君の音を包みます。」
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一年生たちも力強くうなずく。
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「私たちも頑張ります!」
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透は部屋を見渡した。
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みんなが、自分を見ている。
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期待している。
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信じている。
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長い沈黙のあと。
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透は大きく息を吐いた。
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「……分かった。」
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ゆっくりと楽譜を手に取る。
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「やる。」
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「中途半端には吹かねぇ。」
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奏は微笑んだ。
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「それでいい。」
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桐谷は嬉しそうに全員を見渡す。
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「自由曲は――」
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「『夜空のトランペット』に決定します。」
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部員たちから自然と拍手が起こる。
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窓の外では、夕暮れがゆっくりと夜へ変わり始めていた。
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残り二十五日。
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一つの曲。
一つの目標。
そして、一つの想い。
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放課後ブレーメンは、いよいよ地区コンクールへ向けて本当の意味で走り始める。
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第13章
「夜空へ響く音」




