第10小節 「守りたい場所」
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放課後の音楽準備室。
夕陽が窓から差し込み、部屋を茜色に染めていた。
部員たちは帰り、部屋には桐谷響子と黒川透の二人だけが残っている。
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「……実はね。」
桐谷は静かに口を開いた。
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「今日、教頭先生に呼ばれたの。」
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透は黙って聞いている。
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「吹奏楽部は……夏までに何か結果を出せなければ、廃部になる。」
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その一言で、部屋の空気が止まった。
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「……は?」
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透は目を見開く。
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「部員も増えた。」
「昨日の演奏会だって成功した。」
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「それでも?」
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桐谷はゆっくりとうなずく。
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「学校にも事情があるの。」
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「活動予算。」
「部活動の数。」
「限られた設備。」
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「だから、教頭先生も苦しい立場なのよ。」
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透は拳を強く握り締める。
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「ふざけんな……。」
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「黒川君。」
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「やっと……。」
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透の声が震える。
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「やっと見つけたんだ。」
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「俺の居場所を。」
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「黒川君、落ち着いて。」
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しかし。
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透は桐谷の横をすり抜ける。
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「待ちなさい!」
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桐谷の声も届かない。
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透はそのまま職員室へ向かって走り出した。
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教頭室
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勢いよく扉が開く。
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「失礼します!」
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教頭が驚いて顔を上げた。
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「黒川君?」
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透は机の前まで歩き、
その場で深く頭を下げた。
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そして。
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膝をつく。
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「お願いします!」
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突然の土下座。
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教頭は目を見開く。
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「黒川君、立ちなさい。」
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「嫌です。」
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透は頭を下げたまま叫ぶ。
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「吹奏楽部をなくさないでください!」
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「俺……。」
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声が震える。
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「やっと居場所を見つけたんです。」
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「やっと。」
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「初めて。」
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「誰かと音を合わせるのが楽しいって思えたんです!」
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教頭は静かに透を見つめていた。
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しばらく沈黙が続く。
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やがて教頭は口を開く。
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「先日の演奏。」
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透は顔を上げる。
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「あのトランペットは見事だった。」
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「正直、驚いたよ。」
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「君ほど表現力のある演奏を、高校生で聴いたのは久しぶりだった。」
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透は何も言えない。
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褒められても、
今は嬉しくなかった。
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教頭は続ける。
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「だが。」
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その一言で空気が変わる。
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「学校は、一人の才能だけでは運営できない。」
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「部活動には予算が必要だ。」
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「楽器の維持費。」
「施設管理。」
「顧問の配置。」
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「限られた資金を、すべての部活動へ公平に配分しなければならない。」
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「私は感情だけで判断することはできない。」
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透は拳を震わせる。
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「じゃあ……。」
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「どうすればいいんですか。」
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教頭は静かに答えた。
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「結果を示すことだ。」
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「夏までに。」
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「学校が、この部には未来があると判断できる結果を。」
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「それしかない。」
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透は唇を噛み締める。
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悔しい。
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怒りではない。
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何も言い返せない自分が、
悔しかった。
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「……失礼しました。」
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透は立ち上がる。
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深く一礼し、
教頭室を後にした。
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翌朝
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朝日が校舎を照らす。
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まだ人も少ない時間。
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音楽準備室の扉が静かに開く。
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中には、
神谷奏が一人。
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いつものようにピアノへ向かっていた。
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「……早いな。」
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振り返ると、
そこには透が立っていた。
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いつもより少しだけ疲れた表情。
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「透?」
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透はゆっくり部屋へ入り、
奏の前に立つ。
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「昨日。」
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短く息を吐く。
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「教頭と話してきた。」
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奏は驚いた表情を浮かべる。
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「全部、話す。」
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「この部が今、どんな状況なのか。」
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透は静かにそう告げた。
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その言葉を聞いた奏の表情が変わる。
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音楽準備室の静かな朝。
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四人の運命を変える話が、
今、始まろうとしていた。
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第10章
「守りたい場所」




