第9話 これは「ちょっと大きめ」のスライム?
「食べ物!」
「た、べ、もの、ぷちゅ!」
不思議なことが起きた。
僕は巨大なスライムに飲み込まれると思っていたのに、
それは起きなかった。
その代わり、スライムは大きな目で僕を見ていた。
しかも、はっきりした調子でずっと声を出している。
目は大きかったけど、僕は落ち着いていた。
その目に映る反射を見て、視線の先に気づく。
あいつが見ていたのは、僕の手のひらだった。
僕が手を左右に振ると、大きな目も一緒に動く。
触鬚も、ぷるぷると揺れ続けていた。
僕の手のひらには、
ずっと食べさせられなかったクッキーだけが残っている。
まさか、これを見ているのか?
「アフ?」
「えっ、たぶんあと一時間くらいで魔法が使えるよ!
耐えて、桃晝!」
アフは杖で触鬚の表面を叩いていた。
でも、へこんでもすぐに弾き返されて、まるで効いていない。
「桃晝、僕の異次元収納庫に硬い物があるよ。
机は大きすぎるし、木の椅子を試してみる?」
彼女は慌てて僕を見上げ、ぎこちなく笑った。
「落ち着いてくれ。
異次元収納庫って何なんだ?」
「おお、スキル成功したの?
あれは便利な魔道具だよ。
魔力の一部を定期的に貯めて、
閉じた空間を作るの。
普通は物を分解して、空間の隙間に入れておくんだ。
取り出す時には、ちゃんと元に戻るよ。
安定してるし、すごく人気の魔道具なんだ!」
僕の目が光った。
さっきのが制御不能になっても、
もう一つ保険になるかもしれない。
「武器はある?」
「えっと……ないよ。
でも、ピクニック用の道具なら一式そろえてある!」
「そうか。
じゃあ、クッキーはあるか?」
僕は落ち着いて、手に持っているクッキーを指さした。
それから、巨大なスライムのほうも指さす。
「えっ、そんなに目を死なせないでよ。
ピクニックってすごくいいものなんだから!
えっ?
あの子、クッキーを食べたがってるってこと?」
僕がうなずくと、アフはすぐに察した。
すると彼女のそばの空間が、急に細く裂けた。
彼女はそこへ手を突っ込み、しばらく探ったあと、
袋を一つ引っ張り出した。
それをすぐ僕に投げてよこす。
開けてみると、
スライム用のクッキーが一袋まるごと入っていた。
僕は袋の中のクッキーを全部ぶちまけた。
すると、クッキーは地面いっぱいに散らばる。
「食べ物!」
巨大なスライムは、僕とアフを地面に下ろした。
そして体を変形させて、そのクッキーの山を囲い込む。
あいつは頭を下げ、
目をクッキーの山にじっと向けていた。
僕はあわてて後ろへ下がる。
アフも緊張した様子で、僕の隣に立っていた。
「ひとまず助かったね。
さっき試したら火はつけられたし、精霊も協力してくれそう。
このまま火炎術で焼く機会も......。
え?
ってことは......。
こいつ、スライム王じゃないんだ!」
僕は困惑してアフを見た。
するとアフは手を振り、青いパネルを呼び出した。
その中には、たくさんの数値が並んでいる。
これ、ゲームで見るステータス画面そのものじゃないか?
「それ、チート技能なのか?
なんで僕にはそれを勧めなかったんだ?」
「それは選ぶものじゃないよ。
こっちでは、
みんなの能力が数値化されてるの。
だから、全員このパネルを持ってるんだよ。」
「なんで数値化なんてするんだ?
誰が作ったんだ?」
「僕たち神が作ったの!
だって、能力を感覚だけで見るのは面倒でしょ。
桃晝、そんなに困ってるなら例を出すね。
『僕の力加減はちょうどいい』より、
『僕の力は20で、ちょうどいい基準に合ってる』のほうが、
共通の基準としては分かりやすいでしょ?」
こっちの神は、暇すぎないか?
僕はそう思った。
「たしかに。
でも、それは予想外だった。」
「そっちだって数値だらけじゃない?
時間だって秒まで数えるし、
温度も長さもあるでしょ?
さっきあのスライムも見たけど、
あの子の素質は普通のスライムそのものだったよ。」
「どう見ても、
普通のスライムには見えないだろ?」
僕は巨大なスライムを見る。
目を細めて、口を開けてクッキーを吸い込み、
「ぷちゅぷちゅ」と音まで立てている。
「僕、天神に特殊案件として申請したんだ。
緊急でスライムとパーティーを組む必要があるってね。
それで相手の数値も見られるようになったの。
桃晝も申請はできるよ。
でも、その場合は僕が一日かけて報告書を書くことになる。
だから、頼むなら覚悟してからにしてね。
じゃあ、スライムの状態を見てみよう!
ほら、ここ。
普通のスライムなら、だいたい10以内なんだよ。」
僕は細かい項目を見た。
どの数字も10を超えていない。
ただ一つだけ、異常に高い数値があった。
体内魔力量だけが、千を超えていた。
「つまり、こいつは何の種類なんだ?」
「スライムは食べ物を吸収すると、魔力に変えて体内へため込むの。
その魔力を外に出さないと、体はどんどん大きくなるよ。
そのぶん動きは鈍くなるし、
大きい体を引きずるから攻撃も受けやすいの。
不思議だね。
この子、苦しくないのかな?」
「異常スライムだな。」
「えっ?ええと......。
ちょっと大きめのスライム、かな。」
僕は目の前のスライムを見て、冷や汗を流した。
どう見ても、太りすぎだろ。
「食べ物、ぷちゅ!」
巨大なスライムは目の前のクッキーを食べ終えると、
また頭を持ち上げた。
「アフ?」
「もうないよ!
僕、二週間分しか買ってないもん!」
「食べ物、ぷちゅ。」
スライムがまた近づいてくる。
するとアフは、すぐに炎を吹きつけた。
スライムはあわてて後ろへ下がる。
その巨体が、急にぶるっと震えた。
「はっ、戻った!
桃晝、
普通のスライムとはいえ、これだけ大きいと厄介だよ。
かわいそうではあるけど、
やっぱり倒しておかないと、被害が......。」
僕は目の前の巨大スライムを見た。
その時、顔に妙な変化があることに気づく。
目が少し潤んでいる気がした。
自信満々に話すアフを見ながら、僕は彼女をつついた。
「わあ、どうして泣いてるの?」
「待って、アフ。
今は本当に泣いてるのか、擬態なのかまだ分からない。」
僕は警戒を保ったまま、アフを見る。
すると彼女は青いパネルを素早く操作した。
「本当だよ。
感情低下値がすごく高い。
わあ、十を超えてる!
村の安全を考えたら、倒すべきではあるの。
高い魔力量は、他の魔獣も引き寄せるからね。
でも、なんだかすごくかわいそう。」
アフの悩む目を見ているうちに、
目の前のスライムの顔もますます哀れに見えてきた。
僕はこんな面倒ごとに関わりたくなかった。
僕だって感情がない生き物じゃない。
でも、同情って面倒なんだよね。
前にも資料整理を手伝っただけなのに、
いつの間にか資料管理まで任されるようになった。
責任って、そうやって増えていくんだよな......。
どうすればいいんだろう。
その時、前にアフからもらったおにぎりを思い出した。
でも僕は、おにぎりがそこまで好きじゃない。
だったら、こいつに食べさせればいいか。
僕はそっと近づき、
涙を流している巨大なスライムに差し出した。
「ごめん。僕たち、もうこれしかないんだ。
嫌じゃなければ、食べてくれ。」
「桃晝?」
「お腹が空いてるんだろ。
少しくらいなら、問題ないよな?」
「まあ、今回だけだよ。
あのおにぎり、すごくおいしいし栄養もあるんだから。
僕、作るのにかなり時間をかけたんだよ!」
僕は優しい顔を浮かべたまま、
スライムが触手をゆっくり伸ばしてくるのを見ていた。
そして次の瞬間、
そいつは僕の手のおにぎりを叩き落とした。
「食べ物、ぷちゅ。」
え?
その瞬間、背中に熱い視線を感じた。
振り向くと、アフが妙に明るい笑顔を浮かべている。
その背後には、二十以上の魔法陣が並んでいた。
しかも声は、やけに静かだった。
「こういう異常個体は、
やっぱり消すしかないね!」
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