第10話 この異常な世界、異常なところが多すぎないか?
アフの青い髪が風にほどけ、
杖が優雅に目の前の巨大スライムを指していた。
その背後には、
二十を超えるやたら豪華な法陣が浮かんでいる。
何も知らなければ、
強大な魔法使いが魔物討伐に来たように見えるだろう。
でも、僕も射程内に入ってないか?
「まだ一時間あるよね?
なんでアフ、急にそんなに法陣を出してるの?
脅すにしても、さすがに大げさすぎない?」
「どうやらこの辺の精霊は、かなり穏やかみたい。
こんなに早く制限が解除されるなんて。
ふふっ!
ちゃんと半径一キロ以内の花畑だけに絞ってるから!」
周囲は見渡す限り平坦で、遠くには
「安心で癒やされる場所^_^」と書かれた看板まで立っていた。
なんであの顔文字、どこにでもあるんだよ。
「でも、その範囲広すぎない?」
「安心して。
スライム王が逃げないようにするだけだし、
精密攻撃は得意だから!」
経験があるとか、そういう問題じゃないだろ。
でも今の僕が最優先で考えるべきなのは、
どうやってアフを止めるかだ。
前にやっていたゲームの感覚でいくなら、
まず武器を奪うべきか?
だって、あいつがこのまま法陣を撃ったら、
僕まで巻き込まれる気しかしない。
まずは相手の警戒を下げるしかない。
そう思った僕は、入口のほうにあった看板へ目をやった。
「でも、このスライム癒やしガーデンって、
百盞村の名物なんじゃないの?
こんなの壊したら、村のみんなが激怒するよ!」
僕は道の角に立っている看板を指さした。
そこには観光客の累計人数が表示されている。
まだ月の半ばなのに、
すでに五千人を超えていた。
「ふふっ、
女神である私が、そこを考えていないわけないでしょ。
草裙舞を発展させるの、忘れたの?」
「草裙舞?
村人が賛成するわけないでしょ!」
「でも、黒牙村長はまだ未討論だって言ってたよね?
きっと提案を見て驚くはずだよ!」
違う。
さっきの黒牙の言い方は、ただ時間稼ぎをしていただけだ。
しかも驚くにしても、感心じゃない。
呆然とするか、怯えるかのどっちかだろう。
「そうだ、さっき君、すごく楽しそうに遊んでたよね?
ここを吹き飛ばしたら、癒やしの場所が一つ減るんだよ!」
法陣に囲まれているのに、
僕がまだ冷静に状況を見ていられるのは、
むしろ自分でも感心する。
アフの表情が少し揺れた。
彼女はうつむいて、考え込んでいる。
「それは、その……。
シンナシュプリンも、ロココ・ダンフォールストンも……
ずっと揉ませてくれたし!」
「スライムに名前まで付けてたの?
ほら、ダンフォールストンとか、そんなのまで。
あの子たちはすごく無害なんだから。」
巨大なスライムは、まだ涙を流している。
このままだと、次は暴走しそうな気がした。
アフまで、もう一メートルしかない。
なのに、どうしてこんなに足が重いんだ?
アフの気を逸らしながら話して、
そのうえ巨大スライムの動きまで警戒する。
この状況、正直かなりきつい。
「桃晝、いい方法を思いついたわ。
重構術を使えばいいの!
私なら簡単に再構築できるわよ!」
「は?
まさか、スライムを重構した経験まであるの?」
こいつ、今までどれだけ
重構術が必要なことをやってきたんだ?
骨を適当に組みそうな女神だし、
あの自信満々の笑顔がものすごく不安だ……。
「もちろんあるわ。
私は頼れる仲間だもの。
今度ブーグを連れてきて見せてあげる。
前にぺちゃんこになった時も、私が重構術で助けたのよ!」
「ブーグ?」
「手のひらより少し大きいくらいの子。
また潰れたら困ると思って、
重構する時に硬化トカゲの体液も混ぜておいたの!」
「硬化トカゲ?」
「そうよ。
あのトカゲ、驚くと石みたいに硬くなるの。
そういえばブーグ、その後はずっと遠くから私を見てるのよ!
せっかく助けてあげたのに、
どうして私だって分からないのかしら?」
どのスライムが被害者だったのか、
今のでだいたい分かった。
この場所の生き物を、
絶対にアフに重構させちゃ駄目だ。
「桃晝、すごく怖い顔してる……。
え、ちょっと、私の杖を取らないで。
桃晝、それ借り物なのに……。」
「おい、スライム王。今の聞いただろ。
早く消えろ。消されたいのか?」
僕は顔を引きつらせたアフと杖を奪い合いながら、
あの「少し大きい」スライムに向かって叫んだ。
でも、そいつは相変わらず、
ぼんやり僕たちを見ているだけだった。
ただ、もう泣いてはいない。
こんな大事な場面で、
どうしていいか分からない顔をするなよ……!
「プキュ。ボグ、フライドチキンほしい!」
「スライム王、今なんて言った?」
さっきまで、食べ物としか言えなかっただろ?
なんで急に一文増えたんだ?
「フライドチキンこそ食べ物。
ボグ、フライドチキンほしい。
フライドチキン!!」
「は?
おにぎりは食べ物じゃないって言うの?」
アフがものすごく不機嫌そうに言い返した。
僕はその隙に、ようやく杖を奪い取った。
これでやっと、少し冷静に状況を見られる。
フライドチキンが好きな巨大スライム。
それと、花畑を吹き飛ばそうとしている女神。
この異世界って、
たぶん何もかもがおかしい世界なんだろう。
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