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第4話 君は誰かになる必要なんてない。球体に還ることそのものが、ひとつの輪廻だから。

「母さん?ありがとう。

じゃあ、僕は……」


僕は抱きつこうとするような動きをした。

でも桃星は、その場で目を見開いたまま僕を見ていた。


今の僕、何か不自然だったのか。

まずい、この反応は……。


うっかり人間の癖を出してしまった。

でも普通の夢魅族なら、どう振る舞うんだ?


「ふふ、桃星でいいよ。

母とか父とか、夢魅族はそういう呼び方をしないから!」


桃星の口元が少し上がっていて、僕は少し安心した。

その直後、桃星は急に僕のそばまで来た。


そして僕の全身を、上から下まで見回した。

僕は金属の映り込みで、自分の顔を確かめていた。


ちゃんと自然に笑えているか、必死に確認していた。


「本当に賢いね。

ちゃんとこの『立場』の記憶を拾って、

抱きつく動きまでした。


しかも顔まで、やさしそうに見せようとしてる。

うん、そこまでできるんだね?」


急に息がしづらくなった。

桃星の手が、すっと僕のほうへ伸びてくる。


足が固まって動けなくなった、その時だった。

桃星は両手を広げて、僕を抱きしめた。


「僕がこの世界で生きる方法は、

私がちゃんと教える。

だから緊張しなくていいよ。


私も自然な抱きしめ方を練習しないとね。」


さっきは本当に驚いた。

桃星は手を伸ばした時、また無表情だったからだ。


僕は思わず、ほっと息をついた。


「賢いかわいい子。

私がここに住んでいるのは、村長の考えを認めているから。


『幼体の知恵を増やせば、我らの生存率も上がる』

そういう理念に賛成してるの。


さっき注いだ魔力も、百年後には消える。

その時になったら、私ももう君には構わないよ」


「はい、母さん……」


彼女の補足に、僕は戸惑った。

さっきの僕は、勘違いしていたのだろうか。


桃星が僕を追ってきたのも、

僕を生き残らせやすくするためなのか?


「ん?」


「はい、桃星」


「ひとつ、先に言っておくね。

私は君を世話したり、守ったりする義務はない。


夢魅族は生まれた時から、

同族が消されていくのを見て育つの。


そういう恐怖の中で、大きくなる種族なのよ。

君が賢いことも、私はちゃんとわかってる。


私より賢い同族だって、たくさん見てきた。

でも、私より運がよかった者はいなかった。


君が規則を守るかどうかは、君の自由。

私に影響しないなら、それでいいの!」


僕はうなずいた。

すると桃星は指を伸ばし、入口のほうを指した。


「いろいろ話してたら、私も疲れたよ。

君に小さな任務をあげるね。


隣の家に行ってきて。

ちゃんとたくさん話してくるんだよ。


私は先に休むね、かわいい子。

この場所の番号は1212だから、間違えないでね!」


僕は桃星の手から、長い名前の一覧を受け取った。

そして困ったまま、彼女を見た。


「みんな、新しい子を楽しみにしてるの。

君が何年も話せないと思ってたからね。


その間ずっと、君の成長を説明するのかと思うと、

本当に面倒で悩んでたの。


本当はしばらく村長の家に預けて、

私は旅に出るつもりだった……。


でも君の成長がこんなに早くて、

本当によかったよ。」


「え?僕を捨てるつもりだったの?」


しまった。

思わず口に出してしまった。


でも桃星は、なぜか笑っていた。


「一時的に預けるだけだよ。

新しい言葉を覚えるなら、意味もちゃんと覚えなさい!」


それ、どう考えても捨てるってことじゃないか。


「ぼーっとしてないで、もう出かけなさい。

森には入っちゃだめだよ。


魔獣に食べられるからね。

近くの表札を見て、順番に回りなさい。


一人あたり十分まで。

そこは私がちゃんと計算してあるよ。


一日三十六人。

一週間なら二百十人を順番に回れる。


一日は休みにしていいからね!」


そう言うと桃星は僕を家の前まで押し出した。

そのまま扉を閉めた。


僕は名簿を見て、ため息をついた。

ふと顔を上げると、少し先の通りに見覚えのある姿があった。


ゆったりした灰色の長衣を着た、

どこにでもいそうな「一般民衆」……の女神だった。


彼女は慎重に周囲を見回した。

それから素早く僕のそばまで来た。


「あなた、女神だよね。

盗賊じゃないよね?」


「ここはよく来るのよ、ふふ。

信徒に見つかったら騒ぎになるからね。


それにしても、君はすごいね。

不戦之約をずいぶん上手く使ってたよ!」


「不戦之約?」


僕は何も術を使った覚えがなかった。

何かを発動した感覚もなかった。


「はあ……もう忘れたの?

それで迷宮を攻略するって言ってたのに……。」


アフの目は、

まったくもう仕方ないなと言っていた。


「もちろん覚えてるよ。

相手が僕に好感を持てば、敵意は下がる。


相手の魔力量が多いほど、成功しやすい。

夢魅族は魔力でできている……!」


僕の理解した顔を見て、女神はうなずいた。


「そう、その通り。ちゃんと覚えてるね。


さっき警報が来たの。

君が死にそうだってね。


私、驚いて急いで来たんだけど、

もうカイオスがあそこにいたのよ。


それで、君を観察しろって言われたの!」


「観察?

僕は直感で危険を感じたんだよ。


なのに、君たちは見てるだけだったの?」


「その直感は正しいよ。

初めて親になる夢魅族はね。


脅威を感じた瞬間、

幼体を壊すことがあるの。


だから普通は、生まれた直後に 幼体と成体を引き離すのよ!」


「はあ?

なんで僕を助けてくれなかったの?」


「助けるつもりはあったよ。

すぐ魔法陣を広げようとしたの。


生き物を石化させる術で、

数キロ先まで包めるやつね。


君が逃げるための空間を、

作るつもりだったのよ。


でもその時、カイオスが

私をつかんで止めたの!」


僕も石化するだろ、それじゃ逃げられない。

あの時いちばん危険だったのは、目の前のこの人だ。


「カイオスはずっと、私の攻撃を止めてたの。

私が再構築術を使えるのは、覚えてるでしょ?


たとえ君も、私の信徒も石化しても、

砕いて元に戻せばいいだけなの。


この辺りは季進黒幕森林に近いし、

材料だって十分にある。


一時間あれば終わるし、

『簡単』だったのに!」


女神は僕に親指を立てた。

僕はその指をへし折りたくなった。


「でも、そのあと君は能力を使ったでしょ。

あの不戦之約ね。


あれは相手がぶつぶつ言いながら、

自分に説明をつけて違和感を埋めるの。


だから、それで発動したかどうか判断できるよ……。」


なるほど。

さっき扉が閉まる瞬間、桃星が困った顔をしていた理由はそれか。


「わかりました!

次からは横で見ててください!」


「なんでよ? 桃晝、私たちって仲間でしょ?


ああ、神に手を借りるのは悪いって思ってるの?

そんなふうに考えなくていいのに……。


ちょっと、そんな軽蔑した顔で私を見ないでよ!」


僕は名簿を持ったまま、家の番地を見始めた。

そして、焦ったアフの声は無視した。


「仲間を信じるべきじゃない?

えっ、ちょっと待ってよ。

どこ行くの?」


「村長のところでしょ。

名簿を見ると、村長は黑牙みたいだし。


上に星までついてる!」


僕のゲーム経験からすると、

初心者の村ではまず村長に会うものだ。


「黑牙?

え?ちょっと待って!」


「これ以上遅れたら、

今日は三十六人も回れないよ!」


「その人、私のこと見たことあるんだよね。

だったら一緒に行こうか?」


「じゃあ、遠くで待っててくれる?」


僕はそこで、桃星の警告を思い出した。

もし村長が、僕のそばに女神がいるのを見たら。


僕はあの人の信徒だと、

勘違いされるかもしれない。


「でも私たち、仲間でしょ?

一緒に村長を訪ねれば、あの人もきっと......。」


「どうしよう。

さっき家の鍵を道ばたに置いたかも。


0309ってどこだっけ?」


「安心できる仲間として、私が取ってくるね!

待ってて!」


アフは嬉しそうに、遠くへ走っていった。

僕はその隙を逃さなかった。


急いで102番の家まで行き、扉を叩く。

すると、殺気だった禿頭のおじさんが出てきた。


「僕は桃晝。1212に住んでいます。

急に伺ってしまって、すみません。よろしくお願いします」


営業の経験がある僕は、自分の強みをよくわかっている。

とにかく無害そうな、明るい笑顔を見せた。


「ほう? 臣は黑牙。

この村の村長だ。会えて嬉しいぞ!」


村長の表情は、さっきよりずっと柔らかくなった。

そして僕をしばらく見つめた。


「そこまで上手く制御できるなら、

規則も見直したほうがよさそうだな。


知恵体の『身分』を使えるのを、

五十年以降にするのは遅すぎるかもしれん......。」


「え?ありがとうございます!」


黑牙は礼儀正しくうなずいた。

それから、ゆっくり扉を閉めた。


思ったより早く終わりそうだ。

でも、ああやって本物みたいだと言われるのは落ち着かない。


そう思いながら、僕は105の扉へ向かおうとした。


「ここの扉、鍵なんていらないよ!」


少し離れた場所から、アフが慌てて走ってきた。


「カチャッ!」


僕が何か言おうとした、その時だった。

村長の扉がまた開いた。




村長は大げさなくらい驚いた顔をしていた。





「1212? 桃晝?

お前、まだ生まれて間もないだろう?

どうして『身分』を持っている?」


「桃晝!」


村長は一瞬で僕のほうへ駆けてきた。

女神の悲鳴が響く中、僕の体は黑牙に触れられた。


その瞬間、僕の体はふわりと軽くなった。

そのまま僕は動けず、地面に倒れ込む。


ああ、この無重力みたいな感覚。

視界だけが残っている。


もしかして僕、球体に戻ったのか?

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